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前ページ次ページACECOMBAT ZEROの使い魔 ―燃えている。眼下の街が、炎の海と化している。 市街地にはまだ避難の終わってない民間人もいただろうに。 操縦桿とエンジン・スロットルレバーを握る手に自然と力が入る。 彼は無差別爆撃を続行するオーシア空軍所属のB-52を睨み付ける。 だが彼にはどうすることも出来ない。ここで怒りに任せてB-52を撃墜すれば今度はウスティオが眼下の街のようになる可能性があった。 キャノピーの外に目をやると、味方の発射した巡航ミサイル―正直こんな性質の悪い味方は初めてだった―がまっすぐ突っ込んできた。 巡航ミサイルの群れはまだわずかに抵抗を続けるベルカ軍の対空砲には目もくれず、都市部に直撃していく。 くそ、と彼は呪詛の言葉を吐き捨てた。 その時、ロックオン警報がコクピットに鳴り響く。レーダーには何も映らなかったのに、いつの間にかロックオンされていた。 ―今は、集中した方がいいな。 操縦桿を左に倒して、愛機であるF-15Cイーグル―右翼を赤に染めた彼の専用機―をロールさせる。次いで上昇。 ロックオン警報は途絶えた。振り返ってみるとベルカ空軍のF-35が追いかけてきた。 ステルスか。通りでレーダーには映らない訳だ―だが! エンジン・スロットルレバーを叩き込んでアフターバーナーを点火。彼のF-15Cは一気に加速し、F-35を突き放す。 距離が開いたところでラダーを踏み込み、機首を左に向ける。F-35は右後方に位置、距離を詰めようと追いかけてくる。 かかった―エンジン・スロットルレバーを下げて、操縦桿を左に倒す。たちまちF-15CはロールしながらF-35をオーバーシュートさせ、 後方下位に潜り込む。 ―ステルス機でドックファイトを挑んだのが間違いだったな。 AIM-9サイドワインダーの弾頭がF-35のエンジン熱を捉える―ロックオン。操縦桿のミサイル発射スイッチを押す。 白煙を吹きながらサイドワインダーが発射される。F-35はフレアをばら撒きながら回避機動―間に合わず、被弾。 尾翼を食いちぎられたF-35はパイロットを射出し、落ちていった。 しかし彼は敵機を撃墜した喜びを味わう気分になれない。 いったい何のために俺は戦ってきたんだ? いつの間にこの戦争は解放から侵略になったんだ? 何故このホフヌングの街は焼き払われたんだ? 「―くだらない」 かろうじて言葉に出来るのはその一言のみ。 戦う理由なんて誰にも分からなくなっていた。 ただ世界が悲しかった。 だから、俺は―。 目が覚めた。ラリー・フォルクは跳ね起き、ここが戦場ではなくトリステイン魔法学院のルイズ―ラリーを召喚した貴族の少女―の部屋 だと言うことに気づく。 「・・・・」 いやな夢だった。よりにもよってホフヌングの戦いを思い出すとは。 額に浮かぶ汗をぬぐい、ラリーは立ち上がる。 そういえば昨日、この世界に召喚されたのだった。そしてちょうど今ベッドですやすやと寝てるルイズの使い魔となり、この状況である。 窓から見える外は薄暗く、まだ夜は明けていない。 窓を開け、夜空を見上げる。月が2つ、ラリーには奇妙な光景だった。 加えてこの腕のルーン―召喚されてから突然激痛がしたと思えばいつの間にやら刻まれていた。 今頃元の世界はどうなったのだろう。V2は自爆しただろうが、相棒はどうしているのだろう。 夜空に向け、ラリーは自身のTACネームを思い出し、つぶやく。 「こちらピクシー・・・よう相棒、まだ生きてるか?」 今日は朝からルイズの機嫌は悪かった。昨日平民を召喚すると言う前代未聞の事例を立ち上げてしまったのもあるし、それ以上に―。 「あぁらルイズ、おはよう・・・ホントに平民を使い魔にしちゃったのね」 朝食を摂るためラリーも連れて食堂に行く途中、キュルケとばったり出くわした。 "微熱"のふたつ名を持ち火の魔法を得意とする彼女は魔法の成績でも(真の意味での)肉体的にもルイズと対照的である。 「おはようキュルケ・・・何よ、うるさいわね」 「あなたがルイズの使い魔?」 ルイズを無視してキュルケはラリーに声をかけた。 「使い魔・・・まぁそういうことになるな」 「ふぅん・・・」 キュルケはまじまじとラリーを見つめる。 「いい男ね・・・ルイズに飽きたらいつでも部屋にいらっしゃい。うふふ・・・」 そう言って「じゃあお先に」と色気たっぷりに微笑みながら自身の使い魔である巨大トカゲ―サラマンダーを連れて立ち去った。 「・・・・・・くやしー!なんなのよ、あの女!」 しばらくしてルイズがいきなり地団駄踏んで怒り出した。 「どうした、彼女とは仲悪いのか」 怪訝な表情を浮かべ、ラリーは問いかける。 「ええそりゃもう。何よサラマンダーを召喚できたからってえらそーに・・・!」 わなわなと身を震わせてルイズは怒り続けるが、ラリーが他人事のように無表情を浮かべていると、むなしくなってきてやめた。 「・・・もういいわ。さっさと食堂に行きましょう」 食堂に入ってラリーはその豪華さに驚いた。豪華さとは無縁の傭兵生活を長く続けてきたので尚更である。 「トリステイン魔法学院で教えるのは魔法だけじゃないのよ、メイジ全員貴族だから貴族足るべき教育を・・・」 ルイズが何か説明してくれているがラリーにはどうでもいいことなので適当に相槌打って流す。 ところが、ラリーはルイズが席に座ってから気付いた。自分の席が無い。 「なぁ・・・ルイズ、俺の席はどこに?」 「席?ある訳ないでしょう、ホントは使い魔は外よ。私の計らいで床で食事を取るのを許可してもらったのよ」 「・・・・・」 窓の外に目をやれば、なるほど確かに先ほどのキュルケのサラマンダーなどの使い魔たちは外で待機していた。 別に傭兵生活を考えると床で食うのは構わない。過去の戦場でまずいレーションを食い続けたのを思えば。 しかし自身に出された料理を見るとラリーはさすがに首を捻った。スープに黒パンの欠片が申し訳程度。 一方、ルイズたち貴族は朝だと言うのにずいぶん豪勢な食事だった。 「やはり国境は無くすべきだったのかもしれん・・・いや国境と言うかこの場合格差か」 「ラリー、何ぶつぶつ言ってんのよ」 「何でもない」 ズルズルとスープを飲みながら、ラリーは無愛想に答えた。 前ページ次ページACECOMBAT ZEROの使い魔
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盛大な爆発音と土煙が舞い上がる…… (なんか手ごたえある!!) この日、数十回目の失敗の後。召喚に成功した事を確信したルイズは、拳を握り締めちょっと感動するのだった。 「おい、なんか居ないか?」 「まさかゼロのルイズが成功したのかよ!」 ざわめく生徒達を他所にルイズは期待に胸を膨らませながら(精神的な意味で)土煙を凝視するのだった。 しかしながら、土煙が晴れてくるのと裏腹に表情は徐々に曇るのだった。その理由は、「そこに立っていた人物が奇妙」だったからであった。 まず目に付いたのは、ルイズの背丈ほどはあろうかという大きなお面。 緑を基調としたカラフルでなおかつエキゾチックな人の顔を模したようなお面だった。そのお面をつけている人物の服装はと言えば…… 腰巻のようなものをしているが殆ど裸、しかもその体には何かの模様を刻んでいるのか塗っているのか…… どこからどうみても平民と言うより本で読んだ未開の地に住むと言われる原住民の様ないでたちであった。 (なんで私だけドラゴンやサラマンダーとかバグベアーとか……せめてフクロウとか猫とかじゃないのよ!! 平民ならまだしもどうみても原住民だし…… 正直言葉通じるのかしら?) ルイズは色々な事を考えると頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。 ここで普段の生徒達ならルイズをはやし立てるのだが、あまりの出来事にちょっと引いていた。 (なんか… やばくね?) (変な踊りしてるし…) (それより、すごく気になるんだが…… あいつの周りにいる白いの…… まさか…) コルベールは背中にかいている汗が止まらなかった。なぜならば、自分の経験と知識から照らし合わせれば間違いなくあの白いのは『精霊』であった。 精霊を従えているとなれば先住魔法の使い手の可能性が極めて高かったからであった。 コルベールは小声で生徒達に学院に戻るように指示すると静かにルイズに近づくのだった。 「ミス・ヴァリエール、静かにこちらに来なさい」 小声で呼びかけるコルベールの下へ静かにルイズが向かうと覚悟を決めた表情をした先生からこう言われるのであった。 「ミス・ヴァリエール、私が奴に話しかけたらすぐに学園へ走りなさい」 コルベールの表情と台詞の意味に気がついたルイズは首を振り涙目になりながら訴えるのだった。 「コルベール先生、でもあいつは私が召喚したんです。原住民みたいだけどそれでもやっと呼び出せたんです」 せっかく召喚できた使い魔を殺されると考えたルイズ必死に止めようとするのだった。しかし、コルベールが声に気をつけながらルイズを説き伏せるのだった。 「ミス・ヴァリエール、なるだけなら私もあなたのサモン・サーヴァントが成功したことを祝いたかったのですが… 奴は危険すぎます」 なおも食い下がろうとするルイズに対し、コルベールは奴の周りの白い奴を指差し精霊である事をルイズに告げるのだった。 魔法はからっきしであるが為、他の生徒の誰よりも知識に関して秀でていたルイズはそれを聞いた瞬間に真っ青になり震えながらその場に座り込んでしまうのだった。 (しまった、ヴァリエールが近くに居てはうかつに攻撃することも出来ん) コルベールは自分の配慮の浅さを呪うのだった。刺し違えても倒すつもりであったが、ルイズがちかくに居ては戦いの巻き添えにしてしまう可能性が大きかった。 ここで、コルベールはさらなるミスを犯していたのだった。それはルイズの行動を見て我が身を呪ってしまった事であった。 そのわずかな時間に奴が接近することを許してしまったのだった。コルベールが気付いた時にはすでに自分とルイズの間に奴は立っていた。 焦るコルベールを他所に奴はルイズの前で屈むと、不思議そうに首をかしげながらルイズをお面越しに覗き込んでいるのだった。 そんな奴に対して、ルイズは震えながらも貴族としてのプライドだけで気丈に問いかけるのだった。 「ああ、あんた誰よ!!」 奴はルイズの問いかけを聞くとスッと立ち上がり両手を挙げてこう答えるのだった。 「マッドマン!!」 マッドマンと名乗った奴は「ウホ!ウホ!」と叫びながらルイズの前で左右にぴょこぴょこと跳ねながら踊っているのだった。 しかし、突然叫んだかと思うと前のめりに倒れるのだった。 「危なかった…」 倒れたマッドマンの後ろから汗だくになった額をハンカチで拭いているコルベールが姿を現すのだった。 コルベールが踊っているマッドマンにそっと近づき後頭部へ当身をしたのだった。 「助かった…」 突然の出来事に身体を強張らせていたルイズだったがコルベールの機転のおかげだとわかると気が抜けてそのまま後ろに倒れそうになるのだった。 そんなルイズをコルベールは支えてコントラクト・サーヴァントを早く済ませるように促すのだった。 コルベールは契約を済ませれば使い魔として従順になり危険はなくなるだろうと判断したのだった。 コルベールの促しを聞いたルイズは表情をパッと明るくさせ急いでマッドマンの傍へと行くのだった。たしかに奇妙な人物…… でも初めて魔法が成功した事、精霊を操る実力者、この人物が私の使い魔になると考えるとさっきまでの恐怖心は消え去り期待に胸を膨らませるのだった(物理的に無理だが)。 ルイズはマッドマンのお面を取ると意外と美形な男だったことに赤面しながらも無事に契約を済ませるのだった。
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前ページ次ページプレデター・ハルケギニア アルビオン王国の王城、ハヴィランド宮殿のエントランスを歩く人影があった。 先頭の人物は長身に青い軍服、金色の短髪、面長な端正な顔に青い瞳。 そしてその立ち居振る舞いや雰囲気は高貴さを感じさせる。 「しかし、驚きました。まさかあの空賊が王子たちが扮するアルビオン軍だったとは」 「はは、情け無い限りさ。ああでもしないともう何も手に入らないんだ、子爵」 ワルドの言葉に先頭の人物は振り返らず答えた。ワルドの横にはどこか不安そうな面持ちのルイズが 寄り添うように歩いている。あの時、ルイズたちの貨物船を襲った空賊たちは何と、この金髪の若者、 つまりは皇太子ウェールズが率いる王軍だったのだ。 あの後、王軍への大使であると主張したルイズ達は空賊たちに拘束された。 そして空賊の頭に呼び出され詳しい事情を話すと頭の変装を脱ぎ捨てウェールズが現れたというわけだ。 「お帰りなさいませ、殿下!」 一行の前方から白髪の逞しい体躯の男が走るようにやってきた。 「パリー!喜べ、硫黄が大量に手に入ったぞ!」 「おお、それは素晴らしい!明日の戦で貴族派のやつらに一泡吹かせられますな!」 パリーと呼ばれた男とウェールズが抱き合って喜ぶ。 「明日の……戦?」 ルイズが呟くように言った。 「ああ、明日、貴族派はこの城に総攻撃を掛けると言ってきている」 「勝ち目は?」 ワルドがウェールズに問う。 「君ならわかるだろう、子爵」 ウェールズが苦笑いを浮かべる。王軍の戦力はわずかに300程、貴族派はその百倍を超える戦力を有している。 勝ち目は――無い。 「なに、最後の最後、派手に散ってやるさ。アルビオン王家の底力をやつらに見せ付けてやる」 ウェールズがどこか、遠くを見るような視線を浮かべながら言う。 ウェールズ達の会話を聞きながら、ルイズは戦慄していた。 ワルドと自分は大使としての用件を終えれば速やかに国に帰る。 しかしウェールズやパリーという重臣、そして残りの300余りの王軍は 明日の戦で間違いなく死ぬのだ。降伏もせずに百倍以上の戦力とぶつかればどうなるかは 戦に疎いルイズでも分かる。 それなのに、何故こんなにも笑っていられるのか。ウェールズの笑顔もパリーの笑顔も 眩しいほど明るい。 ―何故?何故そんなにも明るく笑い合えるの?― ルイズの脳裏はひたすら、何故という感情に埋め尽くされた。 「後武運を」 ワルドが小さく頭を下げて言った。 「ありがとう、子爵……さて、早速だが大使としての用件を聞かせてくれないか。 聞いての通り、もう時間が無いんだ」 ウェールズが笑いながら言う。ワルドが傍らのルイズを促すように見つめた。 「あ……は、はいウェールズ殿下!」 半ば呆けたような状態になっていたルイズがハッとした様子で答えた。 「ここでは何だ。僕の部屋へ行こう」 案内された部屋を見てルイズは驚いた。 ウェールズは先ほど確かに自分の部屋、そう言った。 しかし、目の前に広がる光景は一国の皇太子の部屋とはとても思えぬ物なのだ。 牢獄のごとくむき出しの岩壁、室内に置いてある物と言えば平民が使うような質素な 机、イス、ベッドぐらいのものだ。広さで言えば学院のルイズの部屋の半分も無いだろう。 ある意味、今の王軍の状態を象徴するような部屋だった。 「そんな顔をしないでくれ」 ウェールズが白い歯を見せながら苦笑いをして見せる。 「す、すいません!殿下」 「もうこんな部屋しか僕には残されていないんだ。まぁ、住めば都だよ」 相変わらずウェールズは笑っている。ルイズはそれを直視できずに俯いた。 「これが姫様からの密書です」 ルイズが白い便箋をウェールズに手渡す。 ウェールズは短く謝礼を述べるとその封を開け手紙を読み始めた。 やがて全ての文面を読み終えるとウェールズは机の引き出しから一つの便箋を取り出した。 その便箋に小さくキスをするとそれをルイズへと手渡す。 「彼女が探している物はその手紙だよ。それさえ手元にあればゲルマニア皇帝との婚姻 も何も心配いらない」 「あのウェールズ殿下……」 沈痛な面持ちでルイズが言う。 「なんだい?ミス・ヴァリエール」 「亡命なさいませ!トリステインに亡命なさいませ!きっと姫様からの手紙にもそう!」 叫ぶようなルイズの言葉にウェールズは横に首を振る。 「そんなことは一言も書かれていないよ」 「そんな、嘘です!失礼ながら先ほどのあなたの手紙を読む眼差しとキスで私は全てを理解してしまいました! 私は幼少のころより姫様を存じております!姫様ならきっと……」 不意にウェールズがルイズの肩に手を置いた。 「君は大使に向いていないな」 ウェールズが再び苦笑いを浮かべる。 「明日、僕等は確実に負けるだろう。ただこれは単なるアルビオン王国の内戦じゃない」 ルイズの肩に置かれた手に力がこもる。 「やつら貴族派は単にアルビオンの主権を手に入れたい訳じゃない。 やつらは我等を討ち果たした後は下界の国々の王権も滅ぼす気だ。 新しい世界を造ろうとしているんだよ」 ウェールズの瞳が真っ直ぐにルイズを見つめる。 「やつらに見せ付けてやるのさ。我々古くからの王族たちは安々とやられはしない、と。 アンリエッタもきっと分かってる。だから君も、分かってくれ……」 そう言い終えるとウェールズの手が肩から離れた。 「殿下……」 ルイズはどこか納得できない表情を浮かべていたがそれ以上何も言わなかった。 ウェールズが掴んだ肩が、熱い。 この時、部屋の窓のあたりから獣が喉を鳴らすような音がしたがルイズもウェールズも気づくことは無かった。 その夜、ハヴィランド宮殿の大広間では盛大な大宴会が開かれていた。 テーブルには所狭しと豪華な料理が並び、いたるところで男達がグラスをぶつけ合い意味もなく乾杯を繰り返してる。 王軍の状況を考えれば正しく、最後の晩餐であった。しかし暗い顔をしている者は誰一人としていない。 みな笑っている。眩しいほどに。 そんな状況に遂にルイズは耐え切れなくなり走るように会場を去った。 用意された部屋のベッドに飛び込むとうつ伏せになりシーツを強く掴んだ。 「おかしいわ、あの人達。明日にはみんな死んじゃうのに…… どうして?どうして笑っていられるの?」 うつ伏せになりながら呟いていると、やがて涙が流れてきた。 「ルイズ」 すすり泣いていると不意にドアのほうから声がかかった。 ドアの前に立つ人物は――ワルドだ。 「ワルド……」 涙を拭きながらルイズがワルドを見る。ワルドは静かにベッドへと歩み寄り腰掛けると ルイズの頭を優しく抱き寄せた。 「辛かったね君には。でもねルイズ、僕には何となくわかるよ。彼等の気持ちは」 ワルドの逞しい手がルイズの頭を優しく撫でる。 ルイズはただ、ワルドの胸ですすり泣くだけだった。 「彼等は命を掛けて王族としての誇りを守ろうとしている。 命をかけて何かを守る覚悟があるなら、もう何も怖い物は無いんだ。 それが死であってもね」 「そしてそれは僕も同じさ」 ワルドの言葉にルイズが不思議そうにワルドの顔を見上げる。 「君を守りたい。命を、いや生涯を掛けてね」 ワルドが優しくルイズを見つめる。 「答えを聞かせてもらえないか。僕のかわいいルイズ……」 ワルドの優しい言葉にルイズの目から涙がさらに流れ落ちる。 「ワルド、あなたの求婚を……お受けします」 その言葉とともにワルドとルイズは強く抱き合った。 翌朝、ワルドとルイズは朝日の中、ある場所に向かって歩いていた。 城内に建てられている礼拝堂だ。二人はそこで簡単な結婚式を挙げるのだ。 不意にワルドがルイズの小さな手を握る。ルイズは一瞬ハッとした表情でワルドを見上げたが すぐに顔を真っ赤にして俯いてしまった。そんなルイズをワルドは優しく微笑みながら見つめていた。 礼拝堂へと歩く二人の男女。その手は固く握り合っていた。 礼拝堂の中でウェールズは一人ステンドグラスを見上げていた。 始祖プリミルが描かれた物だ。もっともその姿を描くことは恐れ多いとの事で その姿ははっきりしないシルエットのような物として描かれている。 ――人生の最後に二人の男女が結ばれる場に立ち会う、か―― 薄く笑いながら『悪くは無いか』、と心の中で呟いた。 彼はこれから司祭としてワルドとルイズの結婚を見届けるのだ。 『HAHAHAHAHAHAHAHA!!』 不意にどこからか野太い男の笑い声が響いた。 「誰だ!?」 ウェールズが咄嗟に身構えながら問う。 『We are death s messengers.Prepare yourself.』 今度は高めの男の声だ。王子としての十分な教育を受けてきたウェールズにして聞いたことも無い言語であった。 ウェールズが困惑した表情を浮かべていると突如、ステンドグラスが突き破られガラス片が飛び散った。 ワルドとルイズが礼拝堂の前に差し掛かった瞬間、ドアをブチ破り何かが飛び出してきた。 「きゃッ!?」 ルイズが悲鳴を上げる。そしてその前の地面に横たわるのは 司祭を務めるはずのウェールズその人であった。 「ウェールズ様!?」 「一体どうされました!?」 ワルドとルイズがウェールズに駆け寄る。 ウェールズがヨロヨロと立ち上がった。額からは血が流れ左腕がぶらんと垂れ下がっている。 どうやら完全に折れているようだ。 「貴族派め……悪魔に魂を売ったか!!!」 ウェールズがそう叫ぶと礼拝堂の入り口に青い電流が流れる。 そして現れた姿は―― 召喚せし者とされし者。ルイズと亜人、何日ぶりの再会であっただろうか。 前ページ次ページプレデター・ハルケギニア
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両側の翼に据え付けられた二十ミリ機関砲と機首の七・七ミリ機銃が唸り、 爆発的な加速を与えられた機関砲弾と機銃弾の群れが空を切る。 それらは一つ一つが必殺の威力を持つ。 何人ものメイジが集まり作り上げる空気の壁ならば止めることもできよう。 だが鉄の群れが襲い掛かるのは一人のメイジと一匹のドラゴン。 空気の壁など存在せず、回避しようにもそれを見ることは出来ない。見た瞬間には無数の死が降り注ぐ。 才人は手の震えを抑えるため、再度操縦桿を握り締めた。機関砲と機銃の振動が機体に伝わる。 腹の底から吐き気がこみ上げてくる。唾を飲み込み無理やり飲み込む。 操縦桿の発射把柄を握りこむ。その小さな動作一つで才人は名も知らぬ竜騎士の命を奪ったのだ。 学院をゼロ戦で出発し、タルブの村の上空に着いてから才人は 我を忘れる勢いで空中戦を演じ、すでに五人の竜騎士を落としていた。 タルブの様子は先日訪れた時とは一変していた。質素で素朴な家々から立ち上るのは煙と火の粉。 村は炎に覆われ、風も吹いているのかシエスタと一緒に見渡した草原にも火の手が上がっている。 村の南に広がる森はすでに大半が全焼している。 そして何より才人の心に怒りの炎を灯したもの、それはタルブの村に倒れた人々だった。 時間に表わせば一瞬のこと、けれど才人の眼にはビデオのコマ送りのようにゆっくりと写った。 それが才人の心を怒りで震わせる。震えた心に突き動かされるまま、 才人はタルブの上空を飛ぶ竜騎士目掛けてゼロ戦の機首を向けた。 無我夢中、その言葉が先程までの才人には最も当てはまる。 しかしタルブ上空の竜騎士を全て落としたとき才人は唐突に自覚してしまった。自分が人を殺してしまったことに。 今までもそれを思う時はあった。宝探しのオークとの戦い、オークの首をはね血の付いたデルフリンガーを眺めた時。 皆は言っていた、オークは人間を喰う害獣だと。 事実オーク達の首に巻かれていたのは人間の頭蓋骨を繋げた首飾り。 ここは自分の常識は通じる場所ではないと、自身に言い聞かせ納得したはずだった。 けれどそれは相手がオークだったから、人間とは似ても似つかぬ生き物だったから。 今、空中を燃えながら落下していくのは正真正銘の人間。 人を殺す覚悟は合ったはずなのだ、ルイズを守るためアルビオンで貴族派の軍勢五万人の地響きを聞いた時から。 なのに今の自分はこんな有様だ。 またも才人の体が震える、クソッと才人は毒づいた。もう後には引けない。生き残って。 「無事に戻ると約束したんだ!」 操縦席の中で才人は叫んだ。自分に勇気を与える為に。 その叫びは誰も聞いていないはずだった。本来ならば。 「そ、そうよ。早くやっつけて戻るのよ!」 「ルイズ! 何でここにいるんだ?」 才人は突然聞こえたルイズの声に驚き、背後を振り向いた。 ルイズは口論の末に学院に残してきたはずなのに。 「使い魔が主人と一緒にいるのは当たり前のことでしょ! だ、だけどあんたはすぐに一人でどっか行っちゃうから、 わたしを置いてどっか行っちゃうから! だからわ、わたしが付いてきたんじゃない、ともかく主人と使い魔は一緒にいなきゃダメなのーっ!」 ルイズの手には『始祖の祈祷書』が握られている。 口論の後すぐにゼロ戦に乗り込んだのだ。ほんとうに大した行動力だ。 「相棒、右から来るぜ!」 それまでルイズと才人の会話に我関せずな態度を取っていたデルフリンガーが、 言葉通りの警告を才人に向かって叫んだ。 才人は顔を前に向ける。何発もの火竜のブレスが迫っていた。 それらを避けるため才人は強引に操縦桿を左に倒す。 操作通りゼロ戦は急に方向を変え旋回する。 その動きを予想していなかったルイズは体ごと大きく動きゼロ戦の装甲に頭をぶつけた。 いたた、とルイズは頭をさする。酷くぶつけた訳ではなく、傷も出来ていない。 「大丈夫か! ルイズしっかりつかまっててくれよ」 ゼロ戦の機動に文句の一つでも言いそうになったルイズだが、 それよりも早く才人が気遣いの言葉を投げかけたため、出鼻をくじかれた。 才人は真剣な表情で周りを見回している。必死でアルビオンの竜騎士と戦おうとしている。 それが声からも滲み出ている。ルイズは邪魔をしてはいけないと思い、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。 衝撃でポケットからこぼれ落ちた指輪をルイズははめた。これなら失くさない。 「竜騎士十騎とは豪勢だねぇ、やつら集団でかかるつもりだぜ」 デルフリンガーが茶化すような口調で言った。 「……勝てるさ、こいつは殺すために作られた機械なんだ、生き物じゃない」 才人はグッと操縦桿を握り込んだ。先程とは違い震えが小さくなっている。 不思議に固い感触が才人の手に馴染んだ。シエスタの祖父も六十年以上前に守るべきもののためにこの操縦桿を握ったのだろうか。 人を殺すことへの忌諱は未だ心に残っている。だがそれ以上に才人は後ろに座っているルイズを守りたい。 ゼロのルイズの使い魔にゼロ戦、出来すぎなくらいに舞台はそろっている。 その様子を静かに見守っていたルイズははたと気付いた。 先程の衝撃で膝の上に置いた『始祖の祈祷書』のページは開き光を放っているのを。 「サイト、今からそっちに行くわ」 「え、今からってどういう……」 才人の返事を聞く前にルイズは隙間をゴソゴソと通って前の座席に出る。 そのまま座席に座る才人の足の間に、ちょこんと座る。 「何やってんだ、後ろにいろよ」 すでに竜騎士は全て落としたから大丈夫だったが、才人はルイズの体によって視界が塞がれたときは焦りを感じた。 「ねえサイト、わたし選ばれたのかも知れない……信じられないけど、やるしかないの、 無茶なのはわかってるわ。でもやって欲しいの。このひこうきをあの戦艦に近づけて」 思わず才人はハァ? と声に出して言いたくなった。けれどその言葉は飲み込んだ。 ルイズの思いつめたあまりに真剣な表情を見てしまったから。 「……途中で落とされるかも知れないぞ」 ボソッと才人は言った。遠目に見える戦艦は巨大だ。数多くの砲台を載せているだろう。 いくらゼロ戦でも落とせない。 「いいから行って!」 しゃあねえな、とつぶやいて才人はゼロ戦の機首を戦艦に向け、加速させる。 いつだって才人はルイズの無茶に付き合ってきた。時には文句を口にし、時には自ら乗り気で。 不思議と才人はそのことが嫌いではない。 才人の前に座るルイズは小さく言った。 「……あんたのこと、し、信じてるから」 その普段とあまりに違う言葉に才人は面食う。頬が自然と赤くなる。 「……あ、ああ」 照れた才人の口は、たったそれだけの言葉しか紡げなかった。 そして以後無言の二人を乗せたゼロ戦は加速しながら、赤い竜の襲撃が始まった艦隊に向かう。 アルビオン艦隊の到達した才人とルイズ。ゼロ戦の風防ごしに見る眼下の様子は、 予想とは全く違っていた。既にトリステイン軍とアルビオン軍はぶつかっていた。 傍目にはどちらが優勢なのか、戦争を眼にするのが初めての二人には判断が付かない。 才人らと同じ空にいるのはアルビオン艦隊を除けば竜が一騎のみ。 赤い竜は散発的に鳴き声をあげながら艦隊に向けてブレスを放っている。 対する艦隊は地上の軍勢に当たらぬ角度で砲撃を竜に加えている。どちらも未だ決定的な打撃を加えてはいない。 「なあ、あの竜、学院に落ちてきた奴じゃないか?」 才人は赤い竜に見覚えがあった。学院で少しだけ才人は赤い竜と会話をしている。 竜と話すという行為自体が才人には驚きの連続だったため、印象に残っていた。 あの頃の竜は傷だらけだったが、燃える溶岩の如き肌は見間違えようがない。 「多分な、違うにしても艦隊を攻撃してるんだから味方には違いねえ、この隙に行こうぜ」 脇に置かれたデルフリンガーが答えた。単機で突破しなければならないと思っていたが、思わぬ味方がいた。 更にゼロ戦は艦隊の奥へ、一番大きな戦艦へと飛ぶ。 アンヘルは艦隊への攻撃を繰り返しながら、自らの存在を示すように咆哮をあげ続けていた。 もしカイムがこの戦場にいるのならきっと気付く。念話が届かなくとも、耳は聞こえているだろう。 しかし今の所それらしい人影を眼にすることもない。 カイムを探すため広範囲を見回しながら飛ぶアンヘルは、ふとおかしな竜が飛んでいるのを見かけた。 それは一直線に艦隊の中央を目指している。 気になったアンヘルはそれに近づく。おかしな竜はこちらにかかっては来ない、少なくとも敵ではない。 あちらもアンヘルを味方と認識したのかそのままだ。 おかしな竜の乗り手をアンヘルは知っている。学院で傷の治療をしていた頃話した平賀才人と言う少年だ。 その事をアンヘルが確認した途端、竜の先端を覆っていた透明な部分が開き、長細い物が投げられた。 反射的にアンヘルは足でそれを掴み取る。 それっきりアンヘルとおかしな竜は放れた。 艦隊の砲台の大部分はアンヘルに向いている。狙われないようにおかしな竜はアンヘルとの接触を最小限に留めたのだ。 「おい、韻竜! 手短に説明するから良く聞きやがれ!」 受け止めた物、それは喋る剣、平賀才人の持っていた魔剣か、アンヘルはそう判断した。 「相棒と貴族の嬢ちゃんを援護してくれ。ひこうきがでかい戦艦にたどり着ければいい!」 「……何か当てがあるのか?」 単騎で艦隊の中央に行くのに何か意味があるのか、いぶかしむようにアンヘルは答えた。 「俺は知らねえよ、でもどうせお前さんだって攻めあぐねていたんだろ」 砲撃を四方に動いて避けながら、アンヘルは考え込む。 確かに今の自分は艦隊相手に攻めきれていない。 大魔法ならあるいは何とかなるかも知れないが、あれは消耗が激しい。簡単には使えないすべだ。 「……良いだろう、どの道このままではどうしようもない」 一度アンヘルは大きく羽ばたくと先を行くおかしな竜の後を追う。 艦隊もようやくもう一匹の竜の存在に気付いたのか砲台を向け、砲撃を開始し始める。 だが砲弾は全てアンヘルの弧を描き飛ぶ火球が迎撃する。 何度砲撃と迎撃が繰り返されたか、いよいよアンヘルと才人達は艦隊の中央に達しようとしていた。 だが次の瞬間彼らを今まで見たこともないものに襲われた。 それは言うなれば、羽と竜の顔が付いた深緑色の卵。それがいつの間にか無数にタルブの空に浮いていた。 才人とルイズは突然の衝撃に激しく体を揺らした。 才人のちょうど膝の上とも言える位置にルイズは座っている。 その体勢の結果ルイズの後頭部と才人の額はぶつかった。 いたた、とうめき声を出すルイズ。 しかし次の才人の行動にルイズは何も言えない程心を乱された。 いきなり才人はゼロ戦の風防を全開にすると、ルイズを抱きかかえ空へと飛び出したのだ。 全身に強い風を受ける。髪が巻き上げられる。ルイズと才人は空中を落ちていく。 誰も乗り手がいなくなったゼロ戦、機体の後ろの部分は炎を上げ、左の翼は折れたのか存在しない。 ルイズを抱いて空に出る、それは咄嗟の行動だった。衝撃を受けた瞬間、 才人のガンダールヴの力がゼロ戦の状況を伝えたのだ。すなわち翼は吹き飛び、爆発が近いということを。 だから才人は風防を開け、ルイズを連れて空へと飛び出した。けれどここから先はもうどうしようもない。 一筋の希望を込めて赤い竜を見たが、赤い竜は無数の何かに全身を群がられていた。 ゼロ戦を落としたことで標的を変えたのだろう。 赤い竜は必死に振りほどこうとしているのか、加速しでたらめな機動で飛んでいる。 才人とルイズの体を背後から抱えた。ルイズの体を放さない様にと。そして大地に向かって落ちていく。 ルイズはこの瞬間程強く魔法の力を願った時はない。 レビテーション、せめてフライでも使えれば落ちるのを止められるのに。 手に持つ祈祷書がルイズの眼に入った。『始祖の祈祷書』には選ばれし者にしか文字は発現しないと記されていた。 なら、なら、とルイズは思う。私がゼロでなく虚無のメイジなら、今ここで魔法を使わせて! ルイズは杖を取り出す。体が落ちる感覚、耳に入る風の音、すべてを心から追い出す。 ただ感じるのは才人に抱きかかえられている感覚だけ。 成功を願いながらルイズはフライの呪文を唱えた。 一回、二回、なんどもなんども。爆発は起こらないが体が浮くこともない。 ちょうど十回目を唱えた辺りだろうか、ルイズは確かに感じた、祈祷書に記されていた物質を司る小さな粒が動くのを。 あるいはそれは実際にはない、幻の感覚だったのかも知れない。 けれど、次の瞬間一瞬フワッとルイズと才人は重力に逆らい浮遊した。 ルイズの努力と才能と願いが一つに身を結んだ、小さな小さな魔法、けれどルイズにとってはとても大きな魔法。 落下は止まらない。けれど本の少しではあるが緩やかになっている。 それは落下のスピードからすれば微々たるものだった。しかし、無意味ではなかった。 ようやく深緑色の卵を振り払ったアンヘルが落ちる二人を容易に見つけることが出来たのだ。 落ちる二人にアンヘルは追いつき背中に乗せる。 「サイト、わたし、わたし魔法が!」 「あれは、ルイズお前がやったのか」 才人も先程の浮遊感を感じていた。ただその原因が何であるかは分からなかったが。 二人は場所も状況も忘れて喜び合っていた。ルイズが魔法を使えた事に、落下から生還した事に。 「つかまっていろ!」 突然のアンヘルの警告に才人とルイズはごつごつしたアンヘルの岩の様な肌につかまる。 明るい緑色をした光線がアンヘルがついさっきまで飛んでいた場所を塗りつくす。 無数の羽ばたきというよりは虫の羽音に近い音、その中で一つだけ力強い翼の羽ばたきが聞こえる。 天の、それこそ雲上とでも言い表される場所から降りてくるのは深緑色の体色を持つ竜。 アンヘルや普通の竜とは違い立ち上がったままの姿でそれは空を飛ぶ。 周りに三十匹以上の羽の生えた深緑色の卵を引き連れて。 それはかつてミッドガルドでアンヘルと炎を交えた。 伝説の存在、最強の生物、聖なるドラゴンと称されるそれ。 「エンシェント・ドラゴン……」 アンヘルは知らず知らずつぶやいていた。一度は怯えた心をカイムによって暖められ、 死闘の末にそれは帝都に落ちたはずだった。 エンシェント・ドラゴンは何も言わず、三連の炎のブレスを吐きかける。 難なくそれを避ける。しかし確かな違和感をアンヘルは感じた。 炎が以前の戦いよりも明らかに熱いのだ。 「エンシェント・ドラゴン、奴の背に人が乗っておる……契約したか」 アンヘルの言葉通り、エンシェント・ドラゴンの背には一人の人間が乗っている。 鍔広帽子にマント、その姿を才人とルイズは良く知っていた。 才人はルイズを殺そうとした裏切り者として。 ルイズはかつての憧れの婚約者として。 聖なる竜の背に乗り不気味に笑みを浮かべる青年。 名前をジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドと言う。
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前ページ次ページデュープリズムゼロ 第三十四話『戦う理由』 「ねぇ…まだ食べちゃ駄目なの~?早かろうが遅かろうが結局はあたしの胃袋に入るのは変わらないじゃん…」 ミントは目の前に並ぶ豪華な料理を前にうんざりとした様子でルイズに問う。 「我慢なさい…それともあんた、あのお母様のお叱りをまた受けたいの?」 ルイズも又小声でミントにそう注意をするとチラリと母カリーヌを見やった…厳しい視線はバッチリとミントを捕らえている。 その様子に同じく厳しい視線を送るのはミントをまだ唯の異国のメイジとしか認識していないエレオノールで柔らかくニコニコと見つめるのは一つ下の姉カトレア。 ミントがルイズの実家を訪れて既に一夜が明け、ミントは朝食を摂る為に既に豪華な料理が並んだダイニングルームに招かれルイズと並んで席へと着いている。と、扉が開かれ一人の男性が堂々とした態度で現れた。 端正な髭を蓄え、モノクルを付けたまさに上流貴族、公爵としての威厳に満ちた風格。 ミントは一目でその男性がルイズの父ヴァリエール公爵である事を理解した。 「おぉ、久しぶりだねルイズよ。」 「お久しぶりですわ、お父様。」 何故ならルイズの姿をその目にした瞬間、公爵はその威厳が吹き飛ぶ程にデレデレと頬を緩めたからだ。 「さて…」 キリッと音を立て、公爵の鋭い視線が蘇りミントの姿を値踏みする様に見つめる。それを受けてミントも腰掛けていた椅子から立ち上がると公爵へと澄ました笑顔を向けた。 「初めまして、公爵さん。アンからはどういう風に聞いてるかは知らないけどあたしがミントよ。一応ルイズに召喚された使い魔のね。東方のメイジって事になってるわ。」 「あぁ、初めまして、ミス・ミント。君の事は陛下からは既に三度のトリステインの危機を内々に救った『救国の英雄』でありルイズと共に『大切な親友』だと聞いているよ。 一応ルイズの使い魔と言う事からヴァリエール家預かりの国賓として扱って欲しいとは伺っている。君には迷惑を掛ける形にはなるがこれからも陛下とルイズを頼む。」 「えぇそのつもりよ。一応帰る方法の目処が付くまではね。」 公爵はミントの堂々としたその物言いにアンとマザリーニから聞いて以来半信半疑であったミントが王族であるという話に真実味を感じ取っていた。 「待たせてすまなかった、それでは食事にしよう。」 厳かな雰囲気での食事が一段落付いた頃、唐突に口を開いたのはヴァリエール公爵だった。 「ルイズ、学園での生活はどうだ?」 極普通にありふれた質問、しかしそれは子を持つ親としては当然の心配であった。 「はい、相変わらず系統魔法に関しては失敗続きですが貴族としての何たるかはミントと共に学園で精一杯学ばせて貰っております。」 ルイズはナプキンで口元をそっと拭いながら父親の問い掛けに当たり障り無く答える。内心嘘を吐く事の後ろめたさと自分の系統が伝説の虚無である事を声を大にして自慢したかったがそれは出来ないのでグッと堪える。 「なーにが貴族としての何たるかを学んでるよ…ついこないだ覚えたのは皿の洗い方でしょうが…」 そんなルイズの内心を知らずミントは隣に座っているルイズにしか聞こえない程の声で意地悪く呟いてクククと笑う。ルイズは引き攣った微笑みは崩さない… 「ふむ、そうか…陛下はお前を高く評価していたがお前のそう言った所を評価して下さっていたのだな…しかしそんな陛下を唆しおって…全くあの鳥の骨め。」 ヴァリエール公爵が苛立たしげに口にしたのはマザリーニ枢機卿の所謂詐称であった。 「何かありまして?」 「先日、ゲルマニアとの共同でのアルビオンへの侵攻が決行される事が正式に決まったのだ。まだ年若い陛下をあの鳥の骨が唆したに決まっておる!!そもそもアルビオンを屈服させるのにこちらから攻め入る必要など無いのだ。 包囲線を密にしいてしまえば浮遊大陸であるアルビオンは直に音を上げるはずだ。今開戦しては兵力も国財をも悪戯に消耗するだけなのだ。」 ヴァリエール公爵はトリステイン国内でも良識ある貴族であるし国境を守り受ける立場にある、故に戦においては必勝を得る為に慎重な意見を持つ。それは決して悪い事では無い。 それでも… 「お父様は開戦には反対なのですか?」 ルイズの意外な問い掛けに一瞬公爵は目を丸くする。 「当然だ、わざわざ攻め入らんでも戦は幾らでもやりようがある。…………ルイズ、お前はまさか戦場に行きたいなどとは考えておるまいな?」 「…私は姫様に忠誠を誓いました。故に姫様が戦場に赴かれるならば共に行きます。」 公爵の言葉にルイズはそうはっきりと答える。予てより既にアンリエッタと共に闘いに赴く事はルイズは心に誓っているのだから… これがルイズにとっての父親への初めての明確な反抗だった… 「駄目よっ!!戦場なんて男の行く所よ、魔法も使えない貴女が戦場に行って何になるというの?」 「ルイズ…私も貴女の意思を尊重したいけどやっぱり心配よ…」 二人の姉からも同様に厳しくと優しくとそれぞれルイズを心配する声が上がる… そして母カリーヌはじっと厳しい視線でルイズを見つめ続けた。 「…ミス・ミント貴女もルイズが戦場に向かおうとしている事を止めないのですか?使い魔であるならば当然貴女もルイズと共に行く事になると思いますが?」 そして以外にもカリーヌが次に声をかけたのはこれまで我関せずといった様子をとっていたミントであった。 当然突然ミントにお鉢が回ってきた事で全員の視線がミントに集中する。 「ミント…」 ミントならば自分を肯定してくれる…そう思うと同時にルイズの脳裏には不安がよぎる。 「そうね…あたしも今アルビオンに攻め入るのは正直どうかと思うわ。」 「ほう?」 「あたしなら…そうね、ここから三年よ。三年あればゲルマニアとの同盟を利用した軍事改革で一気にトリステインの戦力を5倍…いいえ、10倍には出来るわ。勿論やるからにはアルビオンの連中は徹底的にボコボコよ。」 「「……………………」」 軽い調子で語られるミントの馬鹿げた構想にダイニングルームからは一瞬言葉が消え、ルイズは頭痛を抑える様に目頭を押さえて天を仰ぐ… それでもミントはそこで一度切り替えるかの様に表情を引き締めるとその視線をそのままヴァリエール夫妻へと向けた。 「…とは言っても、それはあくまで真っ当な戦争だったらの話よ。あたし達が本当にやっつけなきゃいけない奴は他にいるわ。それには残念だけどやっぱりアルビオンには今攻め込まないといけないと思うわ。 勿論あたしもルイズも前線で戦う訳じゃ無い、狙うのはこの戦争の裏でコソコソと卑怯な真似をしてる黒幕よ。」 ミントのその物言いに先程まで呆れていた夫妻が些かに興味を抱いたらしく崩れた姿勢を正す様に椅子に座り直し視線で続きを促すと静聴の姿勢をとった。 「あいつ等が水の精霊からちょろまかしたアンドバリの指輪を持ってる限りいつ誰がいきなり操られるか何て分かった物じゃないし、死人だって無理矢理操られて戦わされる事になるわ…あのウェールズみたいな事はもうあっちゃいけないの。 あんなふざけた悪趣味な真似をしてくる様な奴らを野放しに出来る?あたしには無理よ。だからアンも戦うって決めたんだろうし、ルイズだってそうでしょ? ルイズやアンが行くからじゃない、まして他の誰かの為なんかじゃ無い、結局あたし達はあいつ等のやり方が気に入らないから自分の意思で戦うのよ。」 「むぅ……アンドバリの指輪とな…」 公爵の表情が一気に曇る。先日のウェールズによるアンリエッタ誘拐未遂事件の顛末は聞いていたが成る程確かにミントの話を信じるとしてアレの存在を失念してはどの様な策も内から崩されるだろう。 「お父様…」 ルイズの思いを勇ましく代弁してくれたミントと同じように、ルイズは決意の籠もった視線を父に向ける。 しかし公爵はしばし唸る様に思案を続けた後に頭を大きく横に振ったのだった。 「ならんっ!!ルイズよ確かにアンドバリの指輪は驚異だ。ならばこそそれを鑑みた戦を我々が考え、トリステインを守るのが務め。 思う所もあるであろう…しかし!!わざわざお前達が進んで危険に飛び込む必要は何処にも無い。 ルイズ、お前はあのワルドの件で少しばかり荒れているのだ…戦が終わるまで屋敷に残れ、そして良い機会だ。婿を取れ、そうなれば自然と落ち着きもするだろう。」 「お父様っ!?」 「この話は以上だ!!わしはお前が戦に向かうのを何があろうと許す気は無い!!」 にべも無く強い口調で言い切って公爵は足早にダイニングから退室していく。ルイズは横暴とも言える父の態度に尚も抗議の声を上げたが二人の姉からそれぞれ嗜める声を受けて結局顔を伏せてしまった。 (…全く…) ミントもヴァリエール公爵の去って行く背を冷ややかに見送る。ルイズもそうだがその父親も不器用極まりないものだ…娘が心配なのは解るがあれを自分の親父がやったらと思うと段々と腹が立ってくる。 結局朝食はそのままお開きになり、ルイズは沈み込んだ気持ちのまま屋敷の自室で無為に一日の時間を過ごし、ミントは殆どその日一日カトレアにせがまれて身体の弱い彼女の話し相手になってやっていた。 自分の見聞きした話、学園でのルイズの話を面白おかしく語り、カトレアからは幼かった頃のルイズの話を聞く。 ついでにお世辞にも良好とは言えない自分のクソ生意気な妹マヤの事を語った際にはカトレアは「それはあなたに良く似てとても素敵な妹さんね。」等と随分的外れな事を言っていた。 ベッドの上から儚げな微笑むカトレアは髪の色と言い、纏っている天然でふんわりとした雰囲気と言い何となくだがエレナに良く似ているなとミントは感じた。 (親父やマヤ…ルウにクラウスさん達元気にしてるかな?………………ベル達やロッドは間違いなく元気ね…) ___ ヴァリエール邸 深夜 「起きなさい…起きなさいルイズ。…ったく、いい加減起きろ、このッ!!」 「ゲフッ!!」 双月が天上に輝く深夜、突然に自室で寝ていた所をミントに無理矢理に叩き起こされたルイズがベッドから蹴落とされた状態からノロノロと立ち上がり、寝ぼけ眼でミントを睨む。 「何なのよミント…こんな時間に人を叩き起こして…」 そう不平を言うルイズだったがそれも当然だろう。しかし、ミントは腰に手を当てたまま呆れた様にルイズを見下ろしたままだった。 「今からここを出て魔法学園に帰るわよ。シエスタにはもう昼間の内にあたしがこっそり用意した馬の所で待たせてるから、あんたも早く出発準備済ませてよね。」 「はい?」 何が何だか解らないと言いたいルイズを尻目にミントがルイズの荷物をさっさと鞄へと詰め始める… 「このままじゃあたし達マジでここに軟禁されるわよ。要するに家出よ。それとも何?あんたここに残って誰とも知らない男と結婚する?何もしないまま。」 「そんなの嫌よ!!」 ここでようやく起き抜けのルイズの思考の靄も晴れてくる…意地悪く言いながらミントはいつの間にか自分の出発準備を整えてくれていた。 ミントに放り投げる様に渡された自分の制服と杖が「ボスッ」と音を立ててルイズの手の内に収まる… 「そう、だったらさっさと行くわよ。」 言ってミントはルイズの返答に対して満足そうに笑った… ____ ヴァリエール邸 大正門 ルイズとミントはこっそりと屋敷を脱して何とか三頭の馬を連れたシエスタと合流を果たした。 道中何名もの遭遇するであろうヴァリエール家の衛士達についてはどうするのかというルイズシエスタ両名の疑問にミントは「眠っててもらうわ。」 と答えていたが結局正門前までそれらしき人物には遭遇する事も無く辿り着いてしまった。 「これは幾ら何でもおかしいわ…ここにはいつだって見張りの人間が居るはずよ。それなのに誰もいないだなんて…」 「でもお陰で誰も傷付けずに済んで良かったじゃないですか~。」 首を捻るルイズに対してシエスタは心底安心した様な表情を浮かべる…幾らミントとルイズの為とはいえヴァリエール家の人間に危害を加えるなど考えただけでも恐ろしい話だからだ。 「……残念ながら、そうでも無いみたいよ…」 「えっ?」 と、ミントは風に流された雲の隙間から覗く月明かりに照らされた暗がりの正門の向こうに立ちふさがる一人の人影を発見して手綱をグイと引くと馬の足を止めさせた。それにならってシエスタとルイズも己の馬の足を止める。 「恐らくはこの様な事だろうと思いました…見張りの者達は今晩は引き上げさせています……彼等ではいざという時に邪魔にしかなりませんからね。」 その静かな物言い、聞き慣れた声ににルイズの心臓はまるで鷲掴みにでもされているかの様な錯覚を覚え、顔中から脂汗が吹き出しそうになる… 「か…母様…」 そして、思わずミントの背中にも冷や汗が伝う…それほどの威圧感が目の前に立ちはだかる人物からは放たれていた。 「己の意思を貫くは尊き事…ですがそれには伴った力が必要なのです。貴女達が行く道は厳しき茨の道、それを思えばこの『烈風』という障害程度…見事乗り越えてみせなさい。」 『烈風』といえば生きた伝説のメイジ、一度その名が戦場に響けば敵は恐れおののき竦み上がり、味方は高揚するどころか巻き添えを恐れてその場から撤退を始めるという… その正体はルイズの母親カリーヌ・デジレであり、引退したとはいえ未だハルケギニア全土でも並ぶ者のいない無双の勇士。それを己を程度と評し今ミント達の前に立っている… 烈風が杖を振るい、風が夜を裂く様に踊る… ミントはいつの間にかすっかり乾いていた自分の唇をペロリと舐めるとデュアルハーロウを構えて馬から飛び降り、背に背負ったデルフリンガーの鯉口を切る… 「起きなさいデルフ、あんたの出番よ。」 「…起きてるよ、相棒。あんだけやばい相手を前にして寝てられるかよ。」 そうして遂に鉄仮面で口元を隠しているルイズの母親と対峙するのだった… 「…上等よ…………出し抜いてやろうじゃない…」 前ページ次ページデュープリズムゼロ
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前ページ次ページゼロの怪盗 ルイズの焦燥は並大抵のものではなかった。 同級生に『ゼロのルイズ』と揶揄され、不当な辱めを受け続けてきた彼女にとってこの召喚の儀は、 彼女を馬鹿にしてきた連中を見返す最大のチャンスでもあったのだ。 それが、召喚には何度も失敗し、ようやく成功したと思ったら、現れたのは平民の男。 しかも、使い魔の契約を結んだにも関わらず、男はすぐに自分の元から去っていったのだ。 ルイズにとっては、人生最大の恥といっても過言ではなかった。 「何処!?何処なの!!?」 その苛立ちは言葉となり、自然にルイズの口をついて出た。 「アイツ……いや、もうアイツなんて人呼ばわりしないわ!! 犬よ!それもバカ犬!!……犬だって少しは主人を慕うものよ?全く……」 ルイズの口元が歪む。 「ふっふっふっ……どうやら躾が必要なようね。ふっふっふっ……」 そんな風にブツブツと言いながら歩いていると、宝物庫の近くで海東を発見した。 ミス・ロングビルとイチャついている。……様にルイズの目には見えた。 「あのバカ犬ッ!!私がこんなに苦労しているのに!!」 ルイズは怒りに身を任せて、杖を海東の背中へと向ける。 すると次の瞬間、ルイズの目の前に何か光の弾のようなものが飛んできた。 地面へ着弾すると、土埃を高らかに舞い上げ、魔法を唱えようとしたルイズの手を止めた。 「……………………へ?」 一瞬の出来事にルイズの体が固まる。 目の前で何が起きたのか理解出来ない。 散漫していた瞳を海東へ移すと、海東はこちらに背を向けながら何かをルイズの方へ向けていた。 それは鉄砲のようにも見えたが、あんな鉄砲はこの世界には存在しない。 「やれやれ、とんだ邪魔が入ったね」 海東はそう言うと、ルイズの方へゆっくりと振り返った。 そして、その鉄砲のようなものをルイズへ向けた。 「え?え?な、何?」 ルイズは目の前の出来事に、頭が真っ白になる。 「僕は自分が邪魔されるのはあまり好きじゃないんだ」 海東は表情を変えずにそう言い放つと、引き金に指をかける。 「ちょ、ちょっとお待ちください!」 ロングビルは慌てて海東を制止する。 彼女にとって、魔法の使えないゼロのルイズなどどうでもよかったが、 仮にも学院長の秘書である立場の自分が彼女を見捨てるのはあまりに不自然であった。 「彼女はミス・ヴァリエール。ヴァリエール公爵家の三女です。 それを傷付けた、或いは殺したなどあったら政治的問題になります!」 「関係ないね。興味もない」 海東は冷たくそう言い放つ。 そんな海東を見て、ロングビルは戦慄した。 (何て奴だい……) ロングビルは海東の視線の先を見つめる。 (本当に興味が無いんだねえ…。まるでそこに何もいないみたいじゃないか) そこには怒りなのか恐怖なのか、わなわなと震えるルイズがいたが、 海東の目にちゃんと彼女が映っているかは甚だ疑問であった。 「ま、いっか。お宝に障害はつきものだしね」 海東は感情のこもってない笑顔を浮かべると、ルイズに向けていたそれを下ろす。 と、同時にルイズはその場にへたり込んだ。 どうやら腰が抜けたようである。 「じゃあ僕はこれで失礼させて頂くよ」 そう言うと、素早く海東はその場から立ち去った。 「あ……。ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」 ルイズは追いかけようとするが、足が動かない。 再び自分の元から去っていく海東の背中をただ見つめることしか出来なかった。 「…………!!」 ルイズは声にならない声を上げて地面を叩いた。 使い魔に対して恐怖を抱いたことへの屈辱、そして二度も使い魔に逃げられたことの悲しみ。 様々なものがない交ぜになり、自然と涙がこぼれている。 そんなルイズを気にも止めず、ロングビルは怪盗『土くれのフーケ』として海東の背中を見送った。 (あの身のこなし……あいつがただ者で無いのは確かだねえ。 それに、あのヴァリエールの嬢ちゃんが現れた時……。 背中に目でも付いてるかのような動きだった。……敵には回したくないねえ …………さて!) ごくり、と唾を飲み込むと、今度はミス・ロングビルとして泣き崩れるルイズの元へと向かった。 「……また、印が輝いてる」 海東は森の中で身を隠しながら、発光する自身の左手を見つめた。 (今のところ害は無いみたいだけど……このままにしておくわけにもいかない……か) この印は何なのか、また自身の体に何が起きてるのか。 知らないということがいかに危険なことだということを海東はよく知っている。 今後の為にも、この印のことを知っておく必要を海東は感じた。 その時、海東の脳裏にルイズの顔が浮かぶ。 (全てはあの子から……か) やれやれ、といった感じで海東を首を振る。 「……仕方ないね」 そう呟くと、海東は森の中へと消えていった。 ルイズはどうやって学院内へ戻ってきたのか覚えていなかった。 気付いた時には、コルベールの使い魔の捜索についての話が終わっていた。 当然、コルベールの話など1ミリも覚えていない。 半ば茫然自失のまま、ふらふらとした足付きで自室へ戻る。 (はははは……。もう、何が何やら……) 取り敢えず寝よう。 寝て起きたら、きっと悪い夢も覚めるだろう。 ルイズはもう他に何も考えたく無かった。 力無く自室の扉を開く。 「やあ」 「えっ?」 誰もいない筈の部屋から声がする。 ルイズは急いで中へ入る。 すると、 そこには飄々とした顔でベッドに腰掛ける男がいた。 その男はルイズが呼び出したあの使い魔、海東大樹であった。 前ページ次ページゼロの怪盗
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前ページ次ページ使い魔は妖魔か或いは人間か 滅亡を迎えるアルビオンに朝が訪れる。 ルイズが眠りから覚めると、もう日は昇りきっていた。 「もう昼過ぎかしら……」 太陽の位置から何となく時刻を察する。 眠りすぎたのを若干悔いつつ、手早く着替えを済ませた。 「お早う、ルイズ」 ルイズが扉を開けると、そこにはワルドがいた。 「おはよう、ワルド。ずっと待っていたの?」 「いや、まだ起きないようなら昼食を置いておこうと思って運んでもらったんだ」 老紳士然としたメイジが、食器を運んでいた。 「お目覚めですかな。 私、皇太子様の世話役を任されておりましたパリーです。以後お見知り置きを」 老メイジが深々と頭を下げ一礼する。 「昼食後で結構ですが、後に国王陛下が会見を望まれております」 「ええ、是非」 ルイズは作り笑いを浮かべようと努力する。 声がかすれながらも、何とか誤魔化せたようだ。 「ありがとうございます、国王陛下も喜びになられます」 パリーは笑顔でそう答えると、部屋を後にする。 老メイジの笑顔とは対照的に、ルイズの心は晴れないままだった…… 国王への謁見も終わり、夜を迎える。 ルイズはずっと部屋にいたかったが、そうもいかずパーティにだけは出席する。 表向きは華やかな宴、実態は最期の晩餐。 国王が逃亡するよう斡旋するも、部下達は笑って皆その場を立ち去ろうとしない。 誰もが陽気に笑い、破滅に向かう。 会場の光景がルイズには虚しさしか感じず、直視できない。 「アセルス……」 バルコニーで外をぼんやりと眺めていたアセルスにルイズが近寄る。 「どうしたの?」 ルイズに掛ける言葉は優しさに満ちている。 自分の心が砕けそうになった時、アセルスは受け止めてくれた。 一方で他人の命を躊躇いもなく奪う。 アセルスの二面性に、ルイズは戸惑いを覚える。 笑顔で滅びようとしている、アルビオンの貴族達のように。 「どうして彼らは笑っていられるのかしら……死ぬのが悲しくないの?」 「さぁ……私には分からないわ」 ルイズの望む答えはアセルスにも分からず、素直に告げる。 「アセルスは命の奪い合いが怖くないの?躊躇したりとか……」 ルイズの口調にいつもの明るさはない。 人が死に向かう姿を目の当たりにした経験はなかった。 「戸惑っていたら、その間に大切な人を失うから」 崖での尋問や宿での交戦。 殺さなければ、こちらが殺されていたかもしれない。 理屈は分かっていても、心の未成熟な少女の感情は揺らいだままだった。 「私も……アセルスにとって大切な人なの?」 「当然じゃないか」 アセルスはルイズの質問した意図が理解できない。 「私、ワルドに婚約されたの」 アセルスに衝撃を与えるルイズの告白。 「……ルイズは……どうするの?」 曖昧すぎるアセルスの問いかけ。 止めるにせよ決心させるにせよ、何か言わなければならないのに何一つ浮かばない。 「分からないのよ……自分でもどうすればいいのか」 弱々しく首を振って、目を伏せた。 「だから、アセルスに聞きたかったの。私は一体どんな存在なのか」 ルイズの一言一言に、アセルスは胸が締め付けられた。 動悸が激しくなり、何もしていないのに嫌な汗が流れる。 「……ルイズにとって、私は何?」 ルイズの質問に息が詰まりそうになりながら、かろうじて言葉を絞り出す。 「理想よ。貴族の理想、こうなりたいと願う憧れ」 アセルスの問いに、ルイズは即答する。 ルイズがアセルスを追求しだしたのは、ほんの些細な重ね合わせから。 ワルドの求婚。 アセルスの人生を追憶する夢。 人と妖魔の関係に気づいてしまった事。 最大の理由は、自身が理想が揺らいでしまった事。 名誉を守る為、滅びを恐れぬ彼らの姿は紛れもなく貴族の精神だ。 同時に愛する者を捨ててまで、死に行く彼らがルイズには納得できない。 「ねえアセルス……お願い、答えて」 か細い声と共に、アセルスのドレスの裾を掴む。 理想が揺らいだから、ルイズはアセルスを求めた。 求められる事で、自分が間違っていないのだと信じたかった。 無論、求められたからと言って正しさを証明できる訳ではない。 ルイズが行おうとしているのは、単なる現実逃避だ。 誰より孤独を嫌うから、他人に必要とされようと求める。 何もルイズだけに当てはまる事ではない、アセルスも同様だった。 「私は……」 傍にいてくれればそれだけで良かった。 かつてルイズに告げた台詞だが、アセルスは肝心な関係を伝えていない。 主従として、友として……或いは愛する者として。 どのように寄り添って欲しいかまではアセルスは告げていない。 追求された今、何と返せば正しいのか言葉が浮かばない。 いや、この問答に正解など無い。 アセルスは単に嫌われまいとしているだけだ。 だから、アセルスは自分の感情ではなく当たり障りの無い答えを返す。 一番愚かな過ちだとも知らずに。 「私は貴女の使い魔よ」 「そう……」 明らかに落胆したルイズの声。 アセルスには何が間違っていたのかが感づけない。 「私は人間よ……」 ルイズの口から出てきたのはアセルスからすれば拒絶にも等しい言葉。 「それは……」 二の句が継げない。 関係ないとでも言うつもりか? かつて白薔薇に妖魔と人間は相入れないと言っておきながら? 「いつか別れがくるわ……」 死について考えた時、自分も同じ立場だと気付いてしまった。 人間に過ぎない自分はいつかアセルスを置いて、死んでしまうと。 ルイズの宣告は、アセルスが気づきながらも考えようとしなかった問題。 「言ってたわよね、傍にいてくれるだけでいいって」 アセルスは声が出せない。 いくら足掻いても、喉が枯れたような呻き。 「でも、私じゃダメなのよ……」 ルイズの顔も悲壮に満ちていた。 「私はいずれアセルスを孤独にしてしまうわ……」 構わない、わずかな間でも孤独を忘れさせてほしい。 アセルスの頭に引き止める言葉は浮かぶも、口に出来ない。 何故なら、アセルスの本当の願いは自分と永遠を分かち合う存在。 人の身であるルイズには、決して叶えられない願い。 「ねえ……私、どうしたらいいかな?」 離れたくない、しかし種族の違いが二人の前に立ちはだかる。 思わずアセルスはルイズの腕を逃がさないように掴んでしまった。 「痛っ……アセルス…………?」 ルイズがアセルスを呼びかける。 掴んだ腕で華奢なルイズの身体を引き寄せる。 見慣れたはずのアセルスの紅い瞳。 それが今のルイズには、まるで別人に見えた。 「アセルス……怖い……!」 振りほどこうとするが、ルイズの力ではアセルスに適うはずもない。 怯えたルイズに対して、アセルスに過去の光景がフラッシュバックした。 オルロワージュを倒して、妖魔の君となった時。 ジーナを寵姫として迎えた時に残した彼女の言葉。 『アセルス様…………怖い……』 ジーナが怯えていたのは、慣れない針の城に迎えた所為だと思っていた。 ルイズの姿がジーナと重なる。 怯えていたのは自分にではないかと今更気づいた。 「止めないか!」 会話の内容までは知らないが、ただならぬ雰囲気にワルドが間に割って入る。 「とうとう本性を現したな、妖魔め!」 ワルドは杖を突きつけると、ルイズを庇う。 ルイズはワルドの背後でなおも恐怖から震えていた。 自分の何を恐れているのか? 疑問の答えはアセルスには決して紐解けないものだった。 人は常に最善の答えを探し出せるとは限らない。 しかし、限られた選択肢の中から次善策を見つけて生きる。 ジーナが陰鬱な針の城を嫌いながら、ファシナトールから離れられなかったように。 行く宛などなかったし、抜け出すだけの大金がある訳でもない。 結果、彼女は現実を妥協する。 だが、アセルスは城から逃げた。 受け入れねばならないはずの現実から逃げるようにして。 半妖の証明である自分の紫の血。 人間でなくなり、妖魔となった事実。 この時点でもアセルスに残された選択肢はいくつかあった。 例えば半妖として、蔑まれながらも生き続ける。 或いは主であるオルロワージュを討ち滅ぼして、妖魔の血を消し去る。 前者であればジーナがアセルスから離れはしなかった。 後者なら永遠の命を捨て、代わりに平穏な人生を得られたはずだ。 彼女は何の選択も行わず、逃げた。 妖魔として生きる道を選んだのではない。 自分の運命を呪うばかりで、選択を行わずに妖魔に堕ちたのだ。 シエスタの祖父が娘に語ったように、アセルスは運命を言い訳に使ったに過ぎない。 アセルスに残されたのは上級妖魔の血を継いだ事。 ルイズが貴族の自尊心に縋ったように、アセルスはオルロワージュを超えようと確執した。 寵姫の数や他者を支配するという目に見える成果だけを求めて。 決断を先延ばしにした結果、白薔薇を失った。 アセルスは白薔薇を自分勝手な使命感で失った自覚はある。 だが、後悔するだけで省みれなかった。 ジーナも失ってようやく、白薔薇が自分の下から去ったのではと気付かされた。 白薔薇は自分よりあの人を選んだのだろうかと、妬みにも似た感情に支配されるのはアセルスの稚拙さ。 現実を見ようとしなかった代償が押し寄せる。 その時、アセルスが選んだのはいつもと同じ行動だった。 「アセルス!」 ルイズの叫び声は空しく響きわたった。 アセルスはルイズの前から逃げ出したのだ…… ルイズもアセルスも気づいていない。 お互いが相手を求めながら、相手を見ていなかった現実。 ルイズはアセルスの半生を見て、彼女が苦悩を乗り越えた気高き存在だと思っている。 アセルスはルイズが自分で決断した目標、立派な貴族になるまで挫けないのだろうと思いこんでいる。 人の心はそれほど簡単ではないのに。 二人は擦れ違い続ける。 傍にいながらお互いの存在を正しく認識していないのだから。 「どうして……」 残されたルイズがアセルスの消えた闇夜に呟く。 「ルイズ、無事かい?」 ワルドが振り返る。 「どうしたんだい?今にも泣きそうな顔だ」 ワルドがルイズに語りかける。 「分からないのよ、何が正しいのか……」 誇り高いはずの貴族の行動が理解できない。 アセルスも、自分の前から逃げ去ってしまった。 何が間違えていたのか、答えをいくら求めても見いだせない。 「あれが妖魔さ……人を裏切る事など露程も思っていない」 ワルドは吐き捨てるように言い放つ。 「大丈夫、君の傍には僕がずっといるとも」 今にも泣きそうなルイズの肩に手を置いた。 優しい一言にルイズの頬から一滴、涙が溢れ落ちる。 「君は優しすぎる……だから、好きになったんだけどね」 泣いたルイズをそのまま抱きしめる。 張りつめた精神が緩んだ結果、泣き疲れてルイズは眠ってしまった…… 次にルイズが目を覚ましたのはベッドの上だった。 昨日割り当てられた自分の部屋なのだろうと、感づいた。 「やあ、起きたかい?」 ワルドの声がした扉の方を振り向く。 ワルドは給仕に暖かい飲み物を運んでもらっている最中だった。 飲み物が入ったポットを暖めてルイズに手渡す。 「落ち着いたかい?」 「ええ、ごめんなさい。みっともない所見せちゃって」 立派な貴族になるという志がルイズにはある。 だが、それをなし得たと思う出来事は一度もなかった。 魔法は未だに扱えないままだし、人に弱音を見せてしまうのはこれが二度目だ。 一度目の時。 その相手だったアセルスは何も言わずに立ち去ってしまった…… また戻ってくるかもしれないが、ルイズの心に暗鬱とした感情が溜まる。 再び会ったとして何を言えばいいのだろうか。 初めて、アセルスが妖魔である事を怖いと思ってしまった。 バルコニーでのアセルスの瞳。 信じていた相手にすら畏怖を与えるだけの重圧があった。 同時に、心に引っかかるのはアセルスが消える前に見せた表情。 既視感を覚えながら、ルイズには感覚の正体が何思い出せない。 「ルイズ」 ワルドの呼びかけにルイズが顔を上げる。 「もう一度言わせてくれ。ルイズ、僕と婚約して欲しい」 事の発端となったワルドのプロポーズ。 「ワルド、それは……」 「分かっている、君がまだ学生なのは。 不安なんだ、君がまた妖魔に殺されるんじゃないかと」 ルイズが否定しようとするより、ワルドが強くルイズの手を握る。 「アセルスは……」 そんな事はしないと言おうとして、言葉に詰まる。 ルイズの心情に構わず、ワルドは手を握り締めたままに捲し立てた。 「何も今すぐにと言う訳じゃない。 学校を卒業してからでもいいし、君が立派な貴族になったと思ってからでもいい。 ただ式をここで挙げたいんだ、二人っきりで」 「こんな所で?」 思わず、率直な意見を口にしてしまう。 「ウェールズ皇太子は勇敢な貴族だ。僕は皇太子に神父役を御願いしたいんだ」 ルイズが沈黙して考える。 ワルドに対しては少なからず好意を抱いている。 突然のプロポーズに困惑しているが、嬉しいと言う気持ちも無い訳ではない。 むしろ、自分なんかでいいのだろうかとすら思える。 グリフォン隊の隊長という立場にあるワルドと、魔法すら未だ使えぬゼロの自分。 「……本当に、私なんかでいいの?」 「君を愛しているんだ」 ワルドはルイズの質問に即座に答えてみせた。 「……うん」 長い沈黙の末に、ルイズが頷いた。 「本当かい!」 喜びにワルドは大声をあげ、ルイズの手を取る。 「ありがとう!必ず君を幸せにしてみせるよ」 ワルドが何気なく言った言葉。 幸せとは何か?願いが適う事だろうか? アセルスの願いは自分と傍にいる事だった。 ワルドの願いは……婚約? 自分の願いは……何だろうか? 立派な貴族になるという目標は少し違う気がした。 ここまでの疲れが出たのだろうか、カップを戻そうと立ち上がるとふらついてしまう。 そんなルイズの肩をワルドは優しく抱きとめた。 「僕がやるよ、君は明日の式に向けて休んでおくといい」 就寝の挨拶を交わして、ワルドは部屋を立ち去る。 ベッドの上に仰向けになったルイズを月明かりが照らす。 ぼんやりと何も考えられずにいると、ルイズはいつの間にか眠りに落ちていた…… 逃げ出したアセルスは何処とも分からない森にいた。 崖下には奈落のように暗く深い、夜空だけが広がっている。 『相棒……』 デルフが呟くが、何と声をかけていいのか分からなかった。 素人玄人問わずに多くの人間に使われてきた記憶は存在する。 大小問わず悩み、苦しむ使い手もいた。 しかし、アセルスのように半妖の悩みを抱えた者はいない。 彼女の心に混沌とした感情が渦巻いているのだけは伝わる。 300年生きたオールド・オスマンがルイズに何も言えなかったように。 デルフも何も言葉をかけられない自分の無力さに、歯があれば歯軋りしただろう。 「ルイズ……」 朧げに彼女の名前を呟く。 初めは好奇心に近かった。 自分を召喚した少女の境遇はあまりに自分と似ていた。 同時に、彼女ならば自らの苦悩を理解してくれるかもしれないと考える。 事実、ルイズは受け入れてくれた。 他人に見せられない弱さも自分の前では見せた。 それでも成長しようとするルイズを見て、美しいと思った。 問題は幾度も悩んだ、種族の差。 加えて、アセルスにとっては新たな苦悩があった。 白薔薇の頃はまだ無自覚だった。 友達や姉のように思っているだけだと自分に言い聞かせた。 『自由になってほしい』 白薔薇が最後に告げた台詞はオルロワージュからの支配の脱却だと思っていた。 『くだらないことに捕らわれるんだな。 姫も言ってたじゃないか、自由になれってね』 だからこそ、他人に指摘された時に動揺する。 ──本心では、私は白薔薇を愛していたのだと。 ジーナは生まれて初めてはっきりとアセルスが愛情を抱いた相手だった。 だが、ジーナも失った。 未だ理由が分からないまま、彼女は自らの命を絶った。 アセルスは二度の喪失から誰かを求めるのが恐ろしくなる。 自分を受け入れてくれた存在をまた失うのではないかという不安。 アセルスは気付き始めていた。 いつの間にか、他人を妖力で支配していた事実。 嫌悪していたはずの妖魔の力を当然のように扱い、欲望のままに行動していた。 「だって私は妖魔の君……」 違う、妖魔の力なんていらない。 人としてただ、平穏に暮らしたかった。 誰でもいいから必要とされたかった、妖魔ではなく自分自身として。 だから…… 「その為に、ルイズを利用した……」 寂しさや孤独を嫌った。 妖魔として生きると言いながら、人間のように理解者を求めてしまった。 召喚で呼び出された相手、ルイズが鏡写しのように思えたから。 一人の少女を地獄への道連れにしようとする行いだとも気づかず…… 『違う!相棒が嬢ちゃんを思う気持ちは本物だったはずだ!』 デルフの制止にも構わず、左の拳を地面に叩きつける。 地面を容易く抉ると同時に、アセルスの皮膚にも微かに血が滲む。 「紫の血……妖魔でも人間でもない血の色……」 見慣れたはずの血の色が、汚らわしく見えた。 デルフを掴むと自分の手に何度も何度も突き立てる。 叶わないと知っていても、自分の血を全て流してしまいたかった。 『よせ!相棒!!こんな事したって……』 妖魔の血がなくなる訳じゃない。 デルフが言葉を引っ込めたのは、アセルスの悲痛な表情を見たからか。 「ルイズは……結婚するって……」 アセルスの言動は、もはや支離滅裂。 それでも、ルイズから告げられた事実を噛み締める。 婚約。 もし自分が人間のままだったなら、誰かと結ばれた人生もあったのだろうか? そうなればジーナも……そう、ジーナも同じだ。 ──ただの人間として。 ──平凡だが、幸せな人生を満喫する権利が彼女にもあったはずだ。 ──彼女から全てを奪ったのは…… 「私だ……私がジーナを……」 アセルスが思い出すのは、針の城でジーナと二人になった時の事。 怯えるジーナにアセルスはこう告げた。 『大丈夫、二人で永遠の宴を楽しもう』 即ちジーナに自らの血を分け与えようとした。 人から妖魔になる。 どれ程の苦悩かは自分が一番知っていたはずなのに。 ジーナさえ傍にいてくれれば良かった。 だが、ジーナは本当に永遠を共にしたかったのか? 彼女はあくまで『人』として自分の傍にいたかっただけではないのか。 永遠を望んだのはアセルスのみ。 自分がジーナに妖魔として生きる事を強要していたと気づく。 ──寵姫をガラスの棺に閉じ込めていたオルロワージュのように。 『あの人』と自分が同じ過ちを繰り返していた。 一度陥った悲観的感傷に、己の愚かさを否応なく見せつけられた。 どれほど後悔しようと手遅れだった。 ジーナが目を覚ます事はもう二度とないのだから。 失うのを恐れた続けた結果、人から全てを奪ってしまった。 白薔薇の居場所も……ジーナの命も……ルイズからも全てを奪うだろう。 アセルスは立ち上がると、浮浪者のように彷徨い歩く。 『相棒、どこ行くんだ!城は反対の方向……』 「私はもう、ルイズの傍にいられない」 デルフの叫びに力なく頭を振ると、ルイズの元に戻らない事を伝える。 『何を言ってんだ!?』 「きっと彼女を不幸にするもの……」 ジーナや白薔薇のように。 ルイズも自分の運命に巻き込んでしまうのを恐れた。 いや、既に巻き込んでしまっている。 これ以上、自分に付き合わせてはいけない。 運命に負けた敗残者の自分。 掲げた目標に向けて進むルイズ。 彼女の重りにしかなりえないと思い込んで、アセルスは姿を消した…… 前ページ次ページ使い魔は妖魔か或いは人間か
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前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔 「諸君。決闘だ!」 ギーシュが高らかに宣言する。 周りの野次馬たちから喚声が上がる。 ギーシュは野次馬の喚声に応え手を振る。 ギーシュはここに至り多少の冷静さを取り戻し、そして開き直った。決闘であれば問題ない、と。 決闘自体は問題だ。本来禁止されている。おそらくこの騒ぎが終われば、学院から幾日かの謹慎なり、何か処罰が言い渡されるだろう。 だがそれはルイズにも言えることだ。 決闘であれば、決闘をした両者が悪い。 もしルイズを香水のビンを拾ったことで責めていたなら、明らかにギーシュ一人に非がある。 だからと言ってルイズにメイドを連れて行かせたら、ふられた上にルイズにやり込められるという恥の上塗り。 それに比べれば決闘という形で両者が処罰を受ける痛み分けの形は随分ましだ。 そして、決闘の中身でルイズに二度と生意気な口を聞けぬようにしてやれば良い。 「二人のレディーと、そして僕自身の誇りのために僕は闘う!」 ギーシュは薔薇を模った杖をルイズに向ける。 「『二人のレディーのため』はやめろと言ったでしょう。あんたは二股がばれた腹いせに決闘するのよ」 ルイズはギーシュに睨み返す。 「早く始めるぞ、ゼロのルイズ。もたもたしていると次の授業に間に合わなくなるからな。いくら授業に出ても魔法の使えるようにならない君には関係ないのだろうがね」 ギーシュは鼻息荒く侮蔑の言葉を返す。 「シエスタ。下がってなさい」 ルイズの言葉に従い、シエスタはルイズから離れる。相変わらずその目には不安がありありと見える。 それを確認したルイズはギーシュのほうへと一歩踏み出す。 「ふん! 覚悟はできているようだな」 ギーシュが薔薇の杖を振る。すると一枚、花弁がはらりと落ちる。 地面に花弁が落ちた瞬間、そこに一体のゴーレムが現れた。 鎧に身を包んだ女騎士のような姿。 大きさこそ平凡だが、所々に細工の入ったワルキューレの造型の見事さに、周囲から静かな歓声が上がる。 「これが僕のワルキューレさ」 ギーシュが得意げに言う。 「魔法の使えない君には一体で十分だろう。一体だけでも手も足も出ないだろうからね」 一体で十分。 この決闘の狙いはルイズを痛めつけることではない。もし取り返しのつかない怪我でもさせてしまったなら、謹慎では済まないだろう。 それは避けなければならない。 この決闘はルイズに実力差というものを見せつければいい。上下関係をはっきりさせてやればいい。 だからこそワルキューレは一体しか出さない。余裕で勝利して見せることこそが重要。 「何よ! 全力できなさいよ!」 ルイズはギーシュに食って掛かる。 「ひょっとして負けたときの言い訳? 『全力出してたら勝てました』とか後で言われても面倒だし、最初っから出せるだけ出してくれない?」 「ハッ! 笑わせるな、ルイズ。ゼロを相手に本気を出せるわけないだろ。……そうだな、君が万が一にも僕のワルキューレを一体でも倒せたなら本気で闘ってあげよう」 ギーシュは髪をかきあげ、余裕綽々といったポーズを作る。 あくまでもどちらが上かを思い知らせるための闘い。できる限り余裕の姿勢は崩さない。 そんなギーシュを見て、ルイズは内心で安堵の息をつく。 ギーシュへの挑発は賭け。だが、賭けは成功した。しかも理想の形で。 ワルキューレを複数出されては勝ち目は薄い。だが、一体しか出してないからといってそれを好機と闘っても、いつさらなるワルキューレを作るかわかったものではない。 だが、挑発によってギーシュから「ワルキューレを一体倒したなら本気を出す」という言質を取った。 体面ばかりを気にするギーシュが野次馬の前でそう宣言してしまった。ならば、そう簡単に言葉を覆すことはできない。 ギーシュは今出しているワルキューレが倒されるまで本気を出せない。 状況が差し迫ればそんな宣言を覆して新しいワルキューレを作るだろう。だが、どんなに差し迫った状況になろうとも、ワルキューレを作るのに一瞬の躊躇があるはずだ。 それで十分。 それで勝てる。 「さて、お喋りもお終いだ。さっさとかかって来たまえ」 ギーシュが言うと、ワルキューレがギーシュとルイズのちょうど中間あたりに立ち、構える。 先手は譲ってやる、ということだろう。 だが、ルイズは杖を構えることなく、再び口を開いた。 「その前にギーシュ。この決闘。勝ち負け決めて、それでお終いじゃつまらないわ。なにか、賭けましょう」 「賭け?」 ギーシュが訝しげな表情を浮かべる。 「そう。賭けよ。あぁ、『誇りを賭けて』なんてのはよしてよ。二股がばれて八つ当たりするようなあなたの誇りと私の誇りとじゃ価値が違いすぎるもの」 ギリ、とギーシュの歯が鳴るが、それは野次馬たちの耳には届かない。 安い挑発に乗る気はないが、二股云々言われるのだけは堪える。野次馬たちも二股という単語に反応してぎゃぁぎゃぁと喚く。もうこの決闘がどういう形に終わろうと、暫くは二股ネタでからかわれるのだろう。 忌々しい。 ルイズのせいで散々恥をかかされた。ならば、この決闘でルイズを完膚なきまでに虚仮にしてやろう。 「そうだな、ルイズ。僕が勝ったら……まぁ、僕の勝ち以外ありえないが、今後授業で魔法使わないでくれ。この間の錬金のように授業を潰されたら堪らないからね。 先生から魔法を使うように指示されたら『私が魔法使っても爆発して授業に迷惑をかけるので他の人を指名してください』と言うんだ」 ギーシュの言葉に野次馬が沸く。 同級生たちは少なからずルイズの魔法に迷惑している。 「そいつはいい! ギーシュ、とっととルイズを倒してしまえ!」 「これでルイズに授業を妨害されなくて済む。魔法の修行もはかどるってものだ!」 マリコルヌら、普段からルイズをゼロと揶揄するものたちはここぞとばかりにギーシュに便乗して騒ぎ立てる。 ギーシュはギャラリーの反応に気を良くし、得意げな笑みを浮かべている。 「私が勝ったら……」 ルイズはギーシュを睨みつける。 「私が勝ったらシエスタに謝りなさいよ」 ルイズは言った。 「シエスタ?」 ギーシュはその言葉の意味がしばらく理解できなかった。 それは周囲の野次馬たちも同じだった。「シエスタ」という単語が何を意味するのか理解できない。野次馬たちがざわつく。 しかし、そのざわつきも少しずつ収まっていく。その単語の意味を理解したものから口を閉ざし、その「シエスタ」に視線をやる。 騒々しかったヴェストリの広場に一瞬の沈黙が流れ、全ての視線が一箇所に集まる。 「は、ははっ……。成程な……」 沈黙を破ったのはギーシュだった。 「平民に頭を下げろとはね……。成程成程……。君はよっぽど僕を侮辱したいらしいな」 貴族が平民に頭を下げるなど有り得ない。貴族が上で平民は下。この関係は絶対である。 この場にいる生徒たち。その中に平民に頭を下げたことがあるものはいないだろう。そしてこれからもそうやって生きていくのだろう。 だから彼らは、ルイズの真意はギーシュに恥辱を与えることにあると、そう認識した。 シエスタに視線が集まりはしたが、誰もシエスタを見てはいない。ルイズがギーシュを辱めるための『だし』としての存在。そのように見ていた。 誰も、単純にして明快なルイズの真意を理解していなかった。 「ふん! なんとしてでも僕を侮辱したいようだが、どうせ僕の勝ち以外有り得ないからな。どんな条件だろうとかまいはしないさ」 ギーシュが見得を切る。 ルイズが突然口を出してきたところから、理解の及ばぬことばかりだった。平民に頭を下げるなどという最大級の恥辱。なぜそこまで突っ掛ってくるのか理解できない。 だが、この決闘で勝てばそれで済む話だ。 理解できないものを理解する必要などない。所詮はゼロ。端から理解の外にいる存在なのだ。 「では、いざ尋常に勝負といこうか。相手が負けを認めるか、相手の杖を落としたら勝負有り、でいいかな?」 「……勝負なんてシンプルなほうがいいわ。相手が負けを認めたら、だけにしましょう」 「オーケイ。ならそれでいい。ではもう覚悟はできてるかい?」 「ええ。準備はできてるわ」 そんな言葉を交わして、決闘の幕は上がった。 だが、両者動かない。睨み合いが続いている。野次馬たちは、いつ動くのかと固唾をのんで見守っている。 「動かないわね」 キュルケが小声で呟いた。 「……おそらく既に動いている」 タバサがさらに小さな声で言う。 その言葉の意味を理解できず首を傾げるキュルケ。 タバサだけが感じ取っていた。実践を積むことでしか身につかない感覚でもって。 ルイズはもう動いている。 ルイズが何をしているのかは解らない。だが、何かしているのは間違いない。 事態は既に動いている。決着へ向けて。 ギーシュは焦れていた。 先程交わした会話は、間違いなく決闘の開始を合図するものだった。 それなのにルイズが動かない。 端からルイズに先手を譲るつもりであった。 ルイズを派手に痛めつけるわけにはいかない以上、如何に実力差を見せ付けるかこそが肝要なのだ。そして勝負は格下から動くものだ。 だからルイズが杖を向けルーンを唱えようとしてからワルキューレを動かす。そしてルイズから杖を奪い、地面に押さえつける。痛めつけられない分、ルイズには土でも食わせてやろう。 だが、ルイズが動かない。 ならばそんな筋書きに拘らず、とっととワルキューレを動かしてしまおうか。 いや、それもできない。 野次馬たちは、今の状況を緊迫した睨み合いとでも思っているのかもしれないが、ギーシュはただ待たされているだけなのだ。動きようのない状況で待たされている。 ルイズは杖を向けるどころか杖を構えてもいない。それどころか、その手にはまだ何も握られていないのだ。 流石に杖を持ってもいない相手に攻撃を仕掛けることはできない。それでは卑怯者の謗りを受けかねない。 (早く杖を構えろ。それとも臆したか) そんなギーシュの思いとは裏腹に、ルイズは相変わらず杖を持とうとすらしない。 やはり臆したのか。 覚悟ができたなどとは口だけだったか。 (ん? ルイズの奴、何と言っていた? 『覚悟はできたか』と聞かれて、何と答えた? 『準備はできていてる』と答えなかったか?) ギーシュはふと先程のルイズの言葉を思い出す。 『準備』。闘う為の準備なら、まず杖を持たねば始まらないだろう。 魔法の使えぬルイズが肉弾戦を仕掛けてくる可能性も考えられる。そうだとしても、武器も持たず構えもせず、何の準備をしたというのだ? なんだか…… 足がむずむずしてきた。 「!?」 ギーシュの右脚に突然激痛が走る。 「な、なんだ!?」 突然そんなことを言い出したギーシュに、野次馬たちの注目が集まる。 ギーシュは杖をルイズに向け牽制したまま、己の脚へと注意をやる。 痛い。 痒い。痛い。 熱い。 「な、なんなんだ!?」 ついにギーシュは堪えきれず、ズボンを捲り上げる。 するとそこにはどくどくと流れる血で赤く染まった右脚があった。そしてその赤の中に点在する黒い点。 ギーシュは己の目を疑った。 そこにいたのは己の小指ほどもあろうかという巨大な蟻。 その蟻が2匹、3、いや4匹。ギーシュの右脚に食いついていた。 「うわあぁぁああああ!?」 ギーシュが叫ぶ。叫びながら己の脚をバシバシと叩く。 ギーシュの赤く染まった脚に気づいた野次馬たちも騒然となる。 「なんだこれ!? なんなんだこれぇ!?」 ギーシュは血で染まった己の脚、そして見たこともないような巨大な蟻に混乱していた。 蟻が全て潰されても、己の脚から目が離せない。答えるものなどいないのに「なんだなんだ」と問い続ける。 しかし混乱はいきなり現実に引き戻される。 突如爆発音がしたのだ。 爆発、即ちルイズ。 ギーシュは己がルイズのことをすっかり忘れて取り乱していたのだということに気づく。己の脚に向けていた視線を上げる。 ギーシュの視界にまず映ったのは、爆発四散するワルキューレ。 (ルイズにやられた? なら……) ギーシュは己の手を見る。その手には薔薇を模した杖が握られている。 杖が握られている。それを目で確認するまで己が杖を握ってるのかどうかすら判らなくなっていた。 (杖はある。ワルキューレを……) 作らなければ。 そんなギーシュの思考はすぐに潰える。 ギーシュの視界にルイズがあらわれたのだ。 ルイズは走っていた。ものすごい勢いでギーシュの元へ。 (ルイズの前にワルキューレを……) (立ち塞がなければ……) ギーシュは急いで杖を構える。 (間に合うのか!?) 間に合わない。 ルイズとギーシュが激突した。 前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔
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前ページ次ページSERVANT S CREED 0 ―Lost sequence― その夜……。 ルイズが部屋に戻ったのは日もとっぷりと暮れた夜だった。 オスマン氏との話を終えたルイズは、学院長室を出た後、そのままエツィオのいるであろう部屋に戻ることができなかった。 話をしてみろ、とオスマン氏に言われていたものの、エツィオの正体を知ってしまった今、どう話かけていいかわからなかったのだ。 中庭のベンチに腰掛け、どうエツィオに話を切り出すべきかと、あれこれ考えているうちにすっかり夜になってしまっていた。 結局、なんの考えも浮かばずに、仕方なくルイズは部屋に戻ることにしたのだった。 「おかえりルイズ、随分と遅かったじゃないか、もう寝る時間だぞ」 ルイズが部屋の扉を開けると、使い魔であるエツィオがにこやかに迎え入れてくれた。 違いといえば、いつも身につけている白のローブではなくシャツを着ているという所だけであろうか。 こうしてみると、どこにでもいる品のいい青年、と言った感じである。 今まで片づけていたのだろう、下着や食器が散乱していたはずの部屋は綺麗に片付いている。 それどころか、ベッドの上にはルイズの着替えまで置いてあった。帰ってきて早々この仕事っぷり、相変わらず気の利く男である。 久しぶりに見る、いつも通りの陽気なエツィオ。そんな彼を見ていると、本当にこいつはアサシンなのだろうか? と首を傾げたくなってくる。 「どうしたんだ? 悩み事か? なんなら相談に乗ってやるぞ」 「な、なんでもないわよ!」 そんな風にルイズが考えていると、エツィオが顔を覗きこんでくる。 相変わらずの、人をからかうような仕草にルイズは頬を僅かに赤くしながら怒鳴りつける。 ルイズはベッドに行くと、そこに置かれた着替えを手に取った。 エツィオの言うとおり、そろそろ寝る時間だ。随分長い間悩んでいたものだと考えながら、着替えを始める。 だが、何を思ったか、着替えようとしていたルイズの手がはたと止まった。それから、はっとエツィオの方へ振り向いた。 エツィオはというと、机の上に置かれた装具類を点検している。こちらを見てはいないようだ。 それをみたルイズは、いそいそと外していたブラウスのボタンを留め、ベッドのシーツを掴むと、それを天井に吊り下げ始めた。 「ん? 何をしてるんだ?」 ルイズのその行動に、流石に気が付いたのか、エツィオが尋ねる。 しかしルイズは頬を赤く染めたきり答えずに、シーツでカーテンを作り、ベッドの上を遮った。 それからルイズは、シーツのカーテンの中に入り込む。ごそごそとベッドの中から音がする。ルイズは着替えているようだ。 エツィオは小さく首を傾げた、いつもだったら、堂々と着替えていたはずなのに……。とそこまで考えが至った瞬間、ニヤっと、口元に小さな笑みを浮かべた。 ああ、そういうことか。ようやく俺のことを男として見始めたな。 とにかく鋭いエツィオは、ルイズの行動の原因として、即座にその答えをはじき出した。 さて、これからどう接してやろうか。と考えていると、カーテンが外された。 ネグリジェ姿のルイズが月明かりに浮かんだ。髪の毛をブラシですいている。 煌々と光る月明かりのなか、髪をすくルイズは神々しいほど清楚に美しく、可愛らしかった。 「へえ、これは驚いたな、カーテンの中からウェヌスが出てきたぞ」 「ウェヌス?」 聞きなれぬ名に、ルイズは首を傾げる。 そう言えばそうだった、ここは異世界だ、彼女がローマの神を知る筈はない。 「俺のとこの、美の女神さ」 エツィオがそう教えると、ルイズの頬に、さっと朱が差した。 「なな、何冗談言ってるのよ! あんたは!」 「冗談じゃないさ、きみは美しい」 「ば、バカ言ってないで、さ、さっさと寝るわよ!」 まっすぐにそう言われ、ルイズの顔が益々赤くなった。見るとエツィオはにやにやとほほ笑んでいる、こちらの反応を楽しんでいるようだ。 ルイズはベッドの上に置いてあったクッションをエツィオに投げつけた。コイツと話をしていると、ホントに調子が狂ってしまう。 ぐったりとした様子で、ルイズはベッドに横になり、机の上に置かれたランプに杖を振って消した。 灯りが消え、窓から差し込む月の光だけが、部屋を照らしだした。 装具の点検を終えたエツィオも、睡眠をとるべく、部屋の隅に置かれたクッションの山に体を預けた。 クッションが敷かれているとはいえ、寝心地は最悪である、これならアルビオンに滞在中に眠った安宿のベッドのほうが幾分かマシである。 「あいたたた……」 久しぶりの寝床の寝心地の悪さに、思わずエツィオは爺くさい声をだす。 そんな風にして学院に戻ってきたという事実をしみじみと感じていると、ルイズがもぞもぞとベッドから身を起こし、エツィオに声をかけた。 「ねえエツィオ」 「ん?」 返事をすると、しばしの間があった。 それから、言いにくそうにルイズは言った。 「いつまでも、床っていうのもあんまりよね。だから、その、ベッドで寝てもいいわ」 思わぬルイズの提案に、エツィオは顔を輝かせた。 「おい、いいのか? きみのこと襲っちゃうかもしれないぞ?」 「勘違いしないで、へ、変なことしたら、殴るんだから」 エツィオは手をわきわきと動かしながら、冗談めかして笑った。 「殴るだけか? ……なら試す価値はあるかな」 そう嘯くと、エツィオは即座にベッドの中に潜り込み、ルイズに寄り添う様に隣に寝転んだ。 ルイズが許可を出してからこの間、わずか数秒。 一切の迷いもためらいもない、あまりのその自然な行動にルイズは何も反応できずに、固まってしまった。 「さて、どうしてやろうか」 「ちょ、ちょっとやめてよね! 変なことしたら殴る……っていうか殺すわよ!」 顔を赤くしながら、震える声で叫ぶルイズに、エツィオはからかうように笑って見せた。 「冗談さ、嫌がる子を無理やりってのは好きじゃないんだ。だから……」 「だ、だからなに……?」 「きみが俺を求めるまで、俺は手を出さないことを誓ってやるよ」 ニィっと、口元に笑みを浮かべてエツィオが笑う。 その言葉が意味するところを知ったのだろう、ルイズは羞恥と怒りを爆発させる。 「こ、この……! 馬鹿にするのもいいかげんにっ……!」 「はいはい、悪かったよ。きみには刺激が強すぎたかな」 「ぐっ……、やっぱり呼ぶんじゃなかった……!」 悔しそうに歯ぎしりするルイズを見ながら、どれだけ耐えられるか、見ものだな……と、エツィオは内心ほくそ笑んだ。 プライドの高いルイズのことだ、そうやすやすと落ちはしないだろう。だからこそ、落とし甲斐があるというものだ。 ……しかし、しかしである。もしもルイズに手を出した場合……、なんだかすごく面倒なことになりそうな気がしてならないのも事実だ。 それこそイヴの誘惑に負け、エデンの果実を口にしたアダムのようになりかねない、そんな予感がする。世に言うめんどくさいタイプだ。 そう言う意味では、彼女は創世記にある禁断の果実そのものなのだろう。俺はもっと楽しみたい、だから最高の楽しみは、最後に取っておく。 自分の魅力に落ちない女性はいない、そんな絶対の自信を持っているエツィオだからこそ出来る、邪な考えであった。 しばしの間、そんな二人の間を沈黙が支配する。 そして、しばらくたった後、エツィオはぽつりと呟くように口を開いた。 「アルビオンでは……すまなかったな」 ルイズは答えない。 もう寝てしまったかな? と思ったが、寝息は聞こえてこない。エツィオは続けた。 「きみに辛い思いをさせた上に、危険な目にも合わせてしまった、……使い魔失格だな」 「そ、そんなことっ……!」 その言葉に、ルイズは思わず身を起こし、エツィオを見つめた。 エツィオは口元に笑みを浮かべ、言葉の続きを促す様に首を傾げて見せる。 「そんなこと?」 「な……ない……」 ルイズはエツィオから顔をそむけ、僅かに頬を赤くしながら小さな声で答えた。 ほんとなら、ちょっとは文句くらい言おうと思っていた、しかし、エツィオに先手を打たれ、思わず本音が出てしまったのである。 再びベッドに横になり、エツィオに背を向ける。そんなルイズを横目で見つめながら、エツィオは小さく笑い、言った。 「二度ときみを傷つけさせない、約束するよ」 「あたりまえじゃないの」 それからルイズは決心したように口を開いた。 「でも、わたしも、あんたに謝らなきゃ。ごめんね、勝手に召喚したりして」 「本当だよ、まったく」 「んなっ!?」 エツィオがあっさりそんな事を言う物だから、ルイズは再び体を起こし、今度はエツィオを睨みつける。 「ど、どういうことよ!」 「イタリアに帰りたくなくなるってことさ」 エツィオは、うー、と睨みつけてくるルイズにニヤリと笑みを浮かべてみせると、ルイズの頬に手を伸ばし、愛おしそうに撫でた。 「俺は今、毎日が充実してる、きみのおかげだ」 「か、からかわないでっ!」 かぁっ、とルイズは顔を赤くすると、その手を取り払った。 ぼふっとベッドに横になると、再びエツィオに背を向けてしまった。 「もう! 謝らなきゃよかった!」 「ははっ、でも本当さ、出来るならずっときみの傍にいたい、そう思ってる」 「っ……!」 耳元で囁かれ、どくん、とルイズの胸が高鳴った。 並みの女性なら、それだけでノックアウトされてしまいそうになる程、憂いを含んだ甘い囁き。 ひどい、エツィオひどい。そんな事言われて、平常心なんて保っていられるわけないじゃない。 今、自分がどんな顔をしているのかまるで想像が出来ない、きっと酷い顔になっている。 エツィオに背を向けていてよかった、こんな顔見られたら、ますますからかわれてしまう。 そんなルイズの様子を知ってか知らずか、エツィオは続けた。 「でも……それはできない。いつかは帰らなきゃ……」 「し、心配しなくても、きちんと帰る方法を探すわよ……」 「おい、本当か? ……まあ、期待せずに待つとするさ」 エツィオは笑いながらそう言うと、それきり黙ってしまった。 しばしの沈黙の後、ルイズはもぞもぞと動き、エツィオの方を向いた。 寝てしまったのかな? と思っていたが、エツィオはまだ起きているようだ。 話をしなきゃ……と、ルイズは意を決してエツィオに話しかけた。 「ねえ、あんたのいたイタリアって、魔法使いがいないのよね」 「いない、概念はあるけどな」 「月は一つしかないのよね」 「生憎、二つ浮いているのは見たことがないな」 「へんなの」 「ははっ、そうだな、月はともかく、魔法が無いなんて、不便なものさ。お陰で空も飛べやしない」 「あんたは向こうでは……」 ルイズはそこで言葉を切った。 それからエツィオの横顔を見つめながら、ためらう様に尋ねた。 「あんたは……『アサシン』なのよね」 「……」 「オールド・オスマンから聞いたの、あんたが『アサシン』だってこと」 ルイズがそう言うと、エツィオは天井を見上げたまま、厳かに口を開いた。 「……アウディトーレ家は銀行家だった、っていうのは話したよな」 「うん」 「それは本当だ、事実、俺は父上の後を継ぐべく勉強してたよ、あまり真面目じゃなかったけどな」 エツィオは小さく笑う。しかし、すぐに真面目な顔になった。 「銀行家、俺もそう思っていた。だけど、それはあくまで表の顔だった。アウディトーレ家には、もう一つ、隠された裏の顔があったんだ」 「それって……」 「そう、フィレンツェにとって脅威となる存在を排除する、――『アサシン』。要はフィレンツェの暗部さ。 祖先がそうであったように、父上もまた、アサシンだった」 『アサシン』の家系……、あらかじめオスマン氏から聞いていたとはいえ、 本人の口から言われると、やはり重みが違う。改めて真実を突きつけられた気分になり、ルイズは思わず息をのんだ。 「俺がそのことを知ったのは二年前、フィレンツェを追放され、伯父上のところに匿われた時だった」 「追放……?」 「そう言えば前にも聞かれたな、何故貴族の地位を剥奪されたか……」 「あ……、い、言いたくないなら別に言わなくてもっ!」 「いや、聞いてくれ、いつかは言わなきゃならないことだ」 ルイズは慌ててエツィオを止めようとする。 だがエツィオはゆっくりと首を横に振り、口を開いた。 「……罪状は国家反逆罪、もちろん濡れ衣だ。父上は、アウディトーレ家はハメられたんだ、奴らに」 「奴ら?」 「テンプル騎士団。世界の支配を目論み、陰謀を企てている連中だ。 俺達アサシンと数百年にもわたって戦い続けている、それこそ因縁の相手ってやつだよ」 きみとキュルケの因縁には負けるかもしれないけどな。とエツィオは笑って付け足す。 だがそれは、我ながらあまりに笑えない冗談であることにすぐに気づいた。 すまない……。と小さく呟き、話を続けた。 「……二年前、父上はとある事件を調査していた。ミラノ公国、そこを治める大公が暗殺された事件があった。 その事件が起こるより前、暗殺計画を事前に察知していた父上は、それを阻止すべく動いていた。しかしそれは叶わず、大公は暗殺されてしまったんだ。 表は反乱分子による暴発、そう言うことになっている。しかし、その裏ではフィレンツェの支配を巡るテンプル騎士の陰謀が隠されている事に気が付いた父上は、 騎士団からフィレンツェを守る為に調査に乗り出した」 ルイズは固唾を呑んで、エツィオを見つめた。 天井を見つめるエツィオの横顔からは、先ほどまでの陽気な青年の面影は掻き消えていた。 ぞっとするほど冷たい表情、おそらくは、これこそが『アサシン』、エツィオ・アウディトーレの素顔なのかもしれない、とルイズは思った。 「父上は事件に関わった者たちを狩り出し、始末した。だけど、悔しいが奴らの方が一枚上手だった、 父上はその事件の真相に至る前に、その事件の濡れ衣そのものを着せられ警備隊に兄弟共々捕らえられてしまったんだ。 運よくそれを免れていた俺は、父上が掴んだ陰謀の証拠を手に、父上の親友でもある判事の家へと走った、それが皆を救うものと信じてね」 「……」 「判事は言った、この証拠を翌日の裁判で提出すれば父上への嫌疑は晴れ、必ず助かると、それを聞いて俺は心から安堵した、これで元の生活に戻れるってね」 「それで、どうなったの……?」 ルイズは恐る恐る尋ねる。 エツィオは目を細め、苦しそうな表情を作った。 「……次の日、俺は裁判が開かれているシニョーリアの広場まで走った、今頃父上の無罪が証明され釈放されるところなのだろうと。だが……違った……。 そこで見たものは……絞首台にかけられる父上と兄上、そして……弟の姿だった」 「そんなっ! 証拠も提出したのにどうして!」 「簡単なことさ、判事が裏切ったんだ、判事もあいつらの仲間だった……そして俺が見ている目の前で……父上達はっ……!」 「エツィオ……」 唇を噛みしめ、怒りに満ちた声で吐き捨てる。 普段の彼からは想像もできないほど声を荒げ、感情を露わにするエツィオに、ルイズは言葉を失ってしまう。 いつもの冗談と思いたかった、しかし、それにしてはタチが悪すぎる。 「俺はシニョーリアの刑場から必死で逃げた、吊るされた家族を見捨てて。あの姿は今でも忘れられない……忘れてはならない……」 掌で顔を覆い、エツィオが呻くように呟く。怒りと悲しみ、そして悔恨がないまぜになった、苦悶の表情。 そんな自分を呆然と見つめるルイズに気が付いたのか、エツィオは小さく息を吐き、目を閉じる。 ルイズは思わず言葉を失ってしまった。 いつも陽気で不敵なエツィオとは思えないほど、弱弱しい表情。 この男が、こんな表情をするとは夢にも思わなかったのだ。 唖然としたままのルイズをよそに、エツィオは淡々とした口調で、言葉を続けた。 「全てを失った俺は、残された妹と心を壊した母上を連れ、伯父上の下に逃げ込んだ。そこで俺はアウディトーレ家の歴史とテンプル騎士団との宿縁を知った。 俺は父上の後を継ぎ、奴らに復讐を誓った。父上の死に関わった者共を全員狩り出し、一人残らず地獄に送ると」 復讐、その言葉にルイズははっとする。 いつか、アルビオンへ向かう船の上で聞いた、エツィオがイタリアに戻らねばならない理由。 エツィオの戦いは、まだ終わってはいないのだ。 「その、裏切り者の判事は……?」 「……殺したよ、この手でね。奴を前にした時、怒りで目の前が真っ赤に染まった……、 気が付いた時には、俺は判事の腹を貫き、切り裂いていた……、何度も……何度も……」 エツィオは顔を覆っていた左手を掲げ、じっと見つめる。 「俺の手は、もう奴らの血で真っ赤だ……。俺はただ、平和に暮らしていたかっただけなのに。 兄上と一緒に馬鹿やったり、恋人と愛し合ったり……、ただ自由に、普通に暮らしていたかっただけなのに……」 不意に、エツィオが首を傾げ、ルイズを見つめる。 そのエツィオの顔をみたルイズはぎょっとした。 エツィオの双眸から、一筋の涙が流れている。泣いているのだ。 唖然とするルイズの前で、エツィオは表情を歪ませながら震える声で呟いた。 「もう……もう何も戻らない。父上も、兄上も、弟も……。……どうして、どうしてこうなったんだ?」 それは、家族を失ってから、誰にも明かすことのなかった、胸の内の苦しみ、悲しみ、悔恨。 それら全ての感情を全部、ルイズに打ち明けるように、エツィオは心情を告白する。 使い魔の語る、想像を絶するほどの、悲惨な過去。陽気さの裏に隠された、悲壮な覚悟。 ルイズは思わず、涙を流すエツィオを掻き抱いていた。 いつか、ニューカッスルの廊下で、エツィオが泣きじゃくる自分にそうしてくれたように、今度は自分がエツィオを支える番だと思ったのだ。 「父上……、兄さん……、ペトルチオ……、ごめん……。ごめん……俺は……!」 エツィオの双眸から、堰を切ったように涙があふれ出す。 気が付けば、ルイズも涙を流していた。彼の境遇に同情したわけではない。同情など、軽々しく出来るはずもない。だが、不思議と涙があふれてきたのだ。 しばらくの間、ルイズの胸に顔を埋め、静かに涙を流していたエツィオだったが、やがて離れると、涙を拭いた。 「……カッコ悪いところを見せたな……でもお陰で楽になった」 「エツィオ……」 「俺の弱い心は、ここに置いて行く。もう泣き言は無しだ」 そう言ったエツィオの表情は、いつもの笑顔が戻っていた。 強い意思を感じさせる瞳に、余裕と自信に満ちた不敵な笑顔。 ルイズの目じりに溜まった涙を指先で拭ってやりながら、エツィオは微笑む。 「……酷い顔だ、きみに涙は似合わないな」 「あっ、あんたのせいよ! あんたがあんな話を――」 「ありがとう、最後まで聞いてくれて」 「っ……!」 エツィオにそう言われ、ルイズは何も返せなくなってしまう。 もにょもにょと口を動かすルイズにエツィオはにやっと笑って見せた。 「それに、貴重な体験もできたしな。ああルイズ、出来ればもう一回……んがっ!」 そう言いながら顔を近付けてきたエツィオの鼻っ柱にルイズの拳が叩きこまれた。 「ちょっ、調子に乗るなっ! このエロ犬!」 「わ、悪かった! 悪かったよ!」 ルイズは羞恥に顔を真っ赤にしながら、枕でぼこぼことエツィオを叩いた。 エツィオは笑いながらルイズにされるがままになっている。その様子は、はたから見るとまるでじゃれあっているようだ。 一しきりそうやってエツィオを叩いていたルイズは、荒い息を吐きながら、ごそごそと布団の中に潜り込んだ。 「次やろうとしたら、もう一回殴るわよ」 「はいはい……でも殴られるで済むならもう一回くらい……あ、いや! なんでもない!」 再び握りこぶしを作ったルイズに、エツィオは慌てて口を噤む。 調子いいんだから……。と、恨めしそうに見つめてくるルイズに、エツィオは小さく微笑み、ぽつりと呟いた。 「……もしかしたら俺は、ただ怖かっただけなのかもしれないな……、いや、やっぱり怖かったんだろうな」 「なんのこと?」 神妙な面持ちで呟くエツィオに、ルイズは首を傾げる。 「身分を明かせなかった事さ。きみに拒絶されるのが怖かった、だから明かせなかった」 「そ、そんなこと……するわけないじゃない」 ルイズがぽつりと呟く。 僅かに顔を赤くし、上目遣いにエツィオを見つめながら、言いにくそうに言った。 「だ、だって、あんたはわたしの使い魔だし……、それに……」 「それに?」 「な、なんでもないわよ!」 ぷい、と顔をそむけてしまったルイズを見て、素直じゃないな……。エツィオは苦笑する。 まぁそこがかわいいんだが……。と内心ほくそ笑んでいると、どうやらその笑みは表に出てしまっていたらしい。 ルイズは再びエツィオに恨めしげな視線を向けていた。 「なに笑ってんのよ……」 「あ、いや、安心したらつい……な」 また殴られてはたまらないと、エツィオは誤魔化す様に笑って見せた。 そんなエツィオを見つめていたルイズであったが、ややあって、ちょっと真面目な表情で呟いた。 「……どうして」 「ん?」 「どうしてあんたは、わたしにそこまでしてくれるの?」 「さて、なんでだと思う?」 「からかわないで。……わたしが魔法を使えないの、知っているでしょ? いつもいつも失敗ばかりで……、こんなダメなわたしに、どうしてあんたはそこまでしてくれるの?」 ルイズは口をへの字に曲げながらエツィオに尋ねた。 エツィオは、凄腕のアサシンであることを差っ引いても、とにかく有能な男だということを、ルイズは嫌というほど実感していた。 何をやらせてもそつなくこなし、マナーも礼節も完璧。魔法が使えないという点を除くと、およそ貴族に求められる物全てを兼ね備えていると言っても過言ではなかった。 アルビオンで、ウェールズ殿下がいたく気に入っていたところを見るに、是非とも彼を配下に欲しいと思う貴族は数多くいるだろう。 そんな彼が、何故ゼロと呼ばれ続ける自分の傍にいてくれるのか、疑問に思ったのだ。 「あのワルドが言ってたわ、あんたは伝説の使い魔だって。あんたの手の甲に現れたのは『ガンダールヴ』の印だって」 「……らしいな、デルフもそう言ってる。あいつは昔、その『ガンダールヴ』に握られていたそうだ」 「それってほんと?」 「さてね、なにしろデルフの言うことだからな」 エツィオはちらと部屋の隅に置かれたデルフリンガーを見つめる。 聞こえているぞ、とでも言いたいのか、ぷるぷると震えていた。 「でもまぁ、本当なんだろうな、実際このルーンにも、デルフにも助けられた」 「だったら、どうしてわたしは魔法ができないの? あんたが伝説の使い魔なのに、どうしてわたしはゼロのルイズなのかしら。いやだわ」 「きみは伝説と呼ばれるような、そんな偉大な存在になりたいのか?」 エツィオが問うと、ルイズは首を横に振って見せた。 「違うわ、わたしは立派なメイジになりたいだけ。別に、そんな強力なメイジになりたいとかそういうのじゃないの。 ただ、呪文を使いこなせるようになりたいだけなの。得意な系統もわからない、どんな呪文を唱えても失敗なんてイヤ」 心情を吐露するルイズに、エツィオはただ黙って聞いた。 「小さいころから、ずっとダメだって言われ続けてた。お父さまも、お母さまも、わたしには何も期待していない。 クラスメイトにもバカにされて、ゼロゼロって言われて……。わたし、本当に才能ないんだわ。 得意な系統なんて、存在しないんだわ、魔法を唱えてもなんだかぎこちないの。自分でわかってるの。 先生やお母さまやお姉さまが言ってた。得意な系統の呪文を唱えると、体の中に何かが生まれて、それが体の中を循環する感じがするんだって。 それはリズムになって、そのリズムが最高潮に達した時、呪文は完成するんだって、そんな事、一度もないもの」 ルイズの声が小さくなった。 「そんなダメなわたしなのに……どうして?」 落ち込んだ様子でルイズが尋ねると、エツィオは澄ました表情であっさりと答えた。 「きみの事が好きだからさ」 「は、はあ!?」 あまりに唐突に、しかも真顔でそう答えられ、ルイズの顔がずどん、と火を噴いたように赤くなった。 暗闇の中でもわかるくらいに顔を真っ赤にし、滑稽なほどルイズは慌てふためいている。 「すすす、好き、好きって! どど、どういう……!」 「言葉の通りさ、俺はきみを気に入ってるんだ」 「こ、こんな時に冗談はやめてよ! ばっ、ばっかじゃないの!」 そんなルイズの反応を愉しむかのように、エツィオは意地悪な笑みを浮かべる。 ルイズが反応に困っていると、すっと、エツィオの手が伸びる、そしてルイズの顎を持つと、優しく自分の方へと向けた。 「ルイズ」 「なっ! なに……よ……」 「俺はいつだって、きみの味方だ」 その言葉に、ルイズはビクンっと身体を震わせ、エツィオを見つめた。 「きみが信念を捨てない限り、俺は喜んできみの力になる」 「えっ……あ……」 「俺は決してきみを見捨てないし、裏切らない。苦難あれば共に乗り越え、道誤ればそれを正そう」 ルイズの頬を優しく撫でながら、エツィオは誓いを立てるように、呟いた。 「きみに二度と、辛い思いをさせるものか……」 いつにないエツィオの真剣な眼差し、憂いを含んだ情熱的な囁きに、ルイズの心臓が、狂ったように警鐘を鳴らす。 いつかの、ラ・ロシェールで掛けられたワルドの言葉とは、まるで比べ物にならないほどの熱量を秘めた情熱的な甘い言葉。 それはまるで麻酔の様に、ルイズの頭の芯を、じんわりと痺れさせた。気が付けば、ルイズはエツィオから目が離せなくなっていた。 本当は気恥ずかしくて、エツィオの顔なんてまともに見れたものじゃない、だけど一時も目を離したくない。そんな気持ちがルイズの中でせめぎ合っていた。 「それに……」 そんなルイズを知ってか知らずか、エツィオはぽんと、ルイズの肩を叩いた。 「今は魔法が出来なくても、人は決して負けるように出来てはいない。今の境遇に、死ぬまで甘んじなければならないという法はないさ」 力強いエツィオの言葉に、ルイズは胸が熱くなるのを感じる。ちょっと涙まで出てきた。 それを隠すためにルイズは、エツィオの手を慌てたように振り払うと、毛布をひっかぶり、エツィオに背を向けた。 「す、すす、好きとか、な、なな、何言ってるのよ! も、もう!」 「おや? これじゃ不服かな? 困ったな、他に理由が見当たらない」 「ば、ばかなこと言わないで! この話はもうおしまい!」 ルイズは気恥ずかしさを隠すかのように、無理やり話を中断させる。 それから仰向けになると、毛布から顔を出し、ちらとエツィオを横目で見つめた。 「で、でも、お礼はいわなきゃね。……あ、ありがとう……」 消え入りそうなほど、小さな声でそう言うと、ルイズは目を瞑ってしまった。 礼を言われるとは思っていなかったのか、エツィオは少し驚いたようにルイズを見つめた。 「なに、気にすることはないさ、俺が好きでやってること……っと」 ニィっと笑みを浮かべ、ルイズの顔を覗き込む。 そこでエツィオは言葉を切った。どうやらルイズはそのまま寝入ってしまったらしい。なんともまぁ、寝付きのいいことだ。 僅かに首を傾げ、あどけない寝顔を見せている。 手は軽く握られ、桃色がかったブロンドの髪が月明かりに溶け、キラキラと輝いている。 うっすらと、開いた小さな桃色の唇の隙間から、寝息が漏れていた。 「くー……」 エツィオはルイズの寝顔を見つめ、優しい笑みを浮かべると、ルイズの唇に自分の唇を重ね合わせた。 「……おやすみ、ルイズ」 唇を離し、エツィオは小さく囁きながら、ルイズの頭を撫でる。 それからエツィオも仰向けになると、目を瞑り、眠りの世界へと落ちて行った。 寝たふりをしていたルイズは、エツィオの寝息が聞こえてきた瞬間、がばっと跳ね起きた。 キス、された。 思わず唇を指でなぞる、心臓が狂ったように早鐘を打っている、顔はもう真っ赤っかだ。 おそるおそる、隣で眠るエツィオに視線を送る。もしかしたら、こいつは自分と同じように寝たフリをしていて、 あのからかうような笑みを浮かべるのではないかと、気が気ではなかったが……。どうやら本当に眠っているらしい。 「寝てる……」と、ルイズは少し安心したかのように呟いた。 ルイズは枕をぎゅっと抱きしめて、唇を噛んだ。 意味分かんない、何を考えているのか、さっぱりわからない。 ルイズは胸に手を置いた、やっぱり、そばにいると胸が高鳴る。 となると、この前、確かめたいと思った気持ちは本物なのだろうか? 同じベッドで眠ることを許したのは、今まで離れ離れになっていたのが寂しかったから……、というわけではない。 そう、アルビオンに残ってまで、自分に対する脅威を人知れず排除していた使い魔の献身へのご褒美のつもり……。でも、それだけじゃない。 異性に対するこんな気持ちは初めてで、ルイズはどうしていいかわからなかったのだ。 着替えそのものをエツィオに見せなくなったのはそのせいだ。意識したら、急に肌を見せるのが恥ずかしくなった。 ほんとだったら、寝起きの顔すら見せたくない。 いつごろから、エツィオにこんな気持ちを抱くようになったのだろう? エツィオは本当に自分に好意を寄せてくれているのだろうか? キスしてきたのだから、やっぱりそうよね。……正直に言うと、エツィオに『好き』とはっきり言われ、嬉しかった。 しかし、同時にみんなに言ってるんじゃないの? いや、絶対言ってるだろ。という確信にも似た疑念を生んだ。 なにせギーシュがかわいく思えるくらいの女たらしである。それに先ほどのキス、初心なルイズにでもわかる、あれはもう慣れてるキスだ。 やっぱり、他の女の子にもしていることなのだろうか? 怒りと喜び、二つの感情がルイズの胸の中でごちゃ混ぜになる。 あの言葉は、先ほどのキスは、本心からでたものなのだろうか? それが知りたい。 ルイズは、自分でもなんだかよくわからなくなって、う~~っと唸って、エツィオを枕で叩いた。起きない。 その時だった。その様子を黙って見ていたデルフリンガーが不意に口を開いた。 「寝かせてやれ、相棒はこれまでロクに寝てないんだ」 「っ! あ、あんた、見てたの!」 思わぬところから声をかけられ、ルイズは思わず叫んだ。それから慌てて口を閉じる、今のでエツィオが起きたらどうしようと思ったのだ。 だが幸いなことに、エツィオは起きる様子もなく、安らかに寝息を立てている。 そんな二人を見て、デルフリンガーは呆れたような口調で言った。 「俺はお前らが何しようと知ったこっちゃないね、何せ剣だからな」 「じゃ、じゃあ口出ししないでよ、それに、この事はエツィオにはぜーったい言わないでよ!」 「言わねぇよ……。それに娘っ子、お前さんはしらないだろうが、相棒はいつも、娘っ子が寝付くまで眠らないんだ。それがこれだ、よほど疲れてたんだろうな」 そのデルフリンガーの言葉を聞いて、ルイズはぐっと顔をしかめ、エツィオを見つめた。 ああもう、エツィオのこういうとこ、ホントムカツク。なによなによ、カッコつけちゃって……これじゃ、文句のつけどころがないじゃない。 ルイズは口の中で小さく呟くと、デルフリンガーをきっと見つめ、「誰にも言わないでよ……」と釘を差した。 それからルイズは、思い切ってエツィオの顔に自分の顔を近付けた。 鼓動のリズムが、さらに速度を増してゆく。そっと、エツィオの唇に、自分のそれを重ね合わせる。 ほんの二秒、触れるか触れないかのキス。エツィオは寝がえりをうった。 ルイズは慌てて顔を離し、ばっと毛布の中に飛び込んで枕を抱きしめた。 なにやってるのかしら、わたし。使い魔相手に。 バカじゃないかしら、どうかしてるわ。 寝ているエツィオの顔を見た。 控えめに見ても、エツィオは世に言う美形と呼ばれる部類の人間だ。その上、誰より知的で紳士的、どんなことでもさらりとこなし、常に余裕の笑顔を絶やさない。 フィレンツェという所から来た、普段はおちゃらけた陽気な青年。だがその実体は、アルビオン全土を震えあがらせる超凄腕のアサシン。そしてルイズの使い魔、伝説の使い魔……。 どうなんだろう、やっぱり、好きなのかな。これって好きなのかしら? 心の中でそう呟きながら、ルイズはそっと唇をなぞった。そこだけ、熱した鉄に押し当てたように熱い。 どうすれば、この答えは得られるのだろう。 結局分からなくなって……、いやだわ、もう……と呟いて、ルイズは目を瞑る。 今夜は……なかなか寝付けそうになかった。 前ページ次ページSERVANT S CREED 0 ―Lost sequence―
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うまく寝付けない夜には、ルイズは使い魔のところにいく。 魔法学院の中庭には、ミスタ・コルベールが建ててくれた工房があり、ルイズの召喚した使い魔は毎日そこで作業をしているのだ。 寝巻きにマントを引っ掛けた格好で、ルイズはそっと階段を降り、中庭に出た。案の定、工房にはこうこうと明かりがついていた。 しゅ……しゅ……と、木に鉋をかける心地の良い音が聞こえてくる。ルイズはその音を聞きたくて、足しげく工房に通うのかもしれない。 ランプにぼんやりと照らし出されながら、ルイズの使い魔は作業をしていた。 入ってきたルイズに気がついて、使い魔が顔を上げた。 「……どうした。眠れねえのか」 「うん……ちょっとね」 「今夜は少し冷えるから、毛布でもかぶってな」 「……うん」 使い魔の差し出す毛布にルイズは包まった。使い魔の邪魔にならないように隅に腰を下ろし、ぼんやりとルイズは工房を見渡した。 大き目の掘っ立て小屋のような工房には、様々な木でできた部品が並べられている。ミスタ・コルベールが手伝って『錬金』で造った部品もたくさんあった。 溶接の作業には、最近すっかりルイズの使い魔と仲良くなったギーシュが担当しているようだった。 (……はじめは、決闘でワルキューレにぼこぼこに殴られていたのにね) くす、とルイズは微笑む。小型のオークのような外見に反して、使い魔はからっきし弱くて、ギーシュのゴーレムにまったく勝てなかった。 顔を二倍ぐらいに腫らした使い魔のために秘薬を探したのも、今となってはいい思い出である。 黒いメガネをかけたキザな使い魔。なるほど、どこかギーシュに似てるかもしれなかった。 (それにしても……) ルイズはあらためて使い魔の造っている『船』を見た。すらりとした船体はハルケギニアのそれとはずいぶん違っている。 火竜のブレスのように真っ赤に塗られているそれは、見れば見るほど奇妙だった。 何より、帆がない船なんてあるだろうか? 使い魔は、宝物庫で見つけた『えんじん』というのを使えば、必ず飛ぶと言うけれど。 ルイズは一息ついてタバコ(巻きタバコというらしい)を鼻からくゆらす使い魔に声をかける。 「ねえ、本当にこんな船が飛ぶの……? 風石も魔法もなしに浮かぶなんて、なんだか信じられないわ……」 「……俺の世界じゃ魔法がねえからな。みんなこうして造るのさ。前に……俺の戦闘艇を造ったのは、おまえさんと同い年の娘だったぜ、ルイズ」 「ふぅん……」 どんな子だろう、とルイズは毛布にあごを埋めた。自分と同い年でこんな船を造った娘がいる。 まだ自分は魔法一つ使えないのに。でも、使い魔の世界では魔法を使える人間はいないらしい。 「その娘もオークなの?」 何気なく聞いてみたのだが、使い魔は大きな口をあけて笑い出してしまった。なにやら見当違いのことを言ったらしい。ルイズの顔が赤くなる。 「はあっはっはっは……! フィ、フィオがオークだと……? はっはっはあ……! こりゃいい、フィオに聞かせてやりたいぜ……!」 「いいわよ……。何も笑わなくてもいいじゃない……」 すねるルイズに、使い魔はにやりと笑ってみせた。 「いいや……俺の世界でも人間は人間さ……魔法が使えない以外は全部こっちと同じだ。俺だけさ、魔法がかかってるのはな。 フィオは美人だ。おまえさんみたいにな、ルイズ」 「嘘ばっかり……」 使い魔が自分はオークではなく人間だというので、タバサに頼んで解除魔法をかけてもらったこともある。結果は変化なしだったが。 「人間の世界に飽きただけさ」と笑う使い魔は、どこまで本気かわからなかった。 今夜の仕事は終わりなのか、使い魔は道具をしまい、工房の窓を閉める。ルイズも毛布をかぶったまま立ち上がった。 使い魔は工房にベッドを作り、普段はそこで寝ているのだ。 工房を出るとき、ルイズは使い魔を振り返った。 「ねえ……その『飛行機』が完成したら、それで、本当に飛んだら……」 「飛ぶさ。飛ばねぇ豚はただの豚だ」 「……私も乗せてくれる? その『飛行機』に」 「もちろんだ」 使い魔はランプに手を伸ばした。火を吹き消そうとして、思いついたようにルイズを見つめた。 「だが……飛行機に乗せる前に、一つだけ約束だ、お嬢さん」 「なに……?」 「夜更かしはするな。睡眠不足はいい仕事の敵だ。それに美容にも悪いしな……。さ、もう寝てくれ」 「もう、また子供扱いして……」 「いいや、大人だからさ」 ルイズはぷっと頬を膨らませた。こういう仕草が子供っぽいのだと自分でも気がついているのだが。 使い魔は黒メガネを外し、ふっとランプを吹き消した。明かりが消える一瞬――使い魔の顔が、人間の顔に見えて、ルイズはごしごしと目をこする。 しかし、もう一度見てみると、そこにいるのは相変わらずの豚の顔なのであった。 「おやすみルイズ。いい夢をみな」 「……おやすみ、ポルコ」 ルイズはばたんと扉を閉めた。 おわり -「紅の豚」のポルコ・ロッソを召喚